蘭子の官能日記 最初で最後の名刺 | 聖★黒薔薇学園~恋愛・人間関係・女の性 艶女になる為のテクニックを御紹介~

蘭子の官能日記 最初で最後の名刺

蘭子の官能日記 最初で最後の名刺


「ここ・・・?」

「ええ・・・。」

まるでローマの休日のクライマックスシーン。

グレゴリーペックが、ヘップバーンを最後にお城に送るシーンのようだった。

私のお城はすぐそこに見えている。

玄関の電気だけが煌々と照らされている。

私の帰りを待つ家族の気持ちが表れていた。

2人は黙ったまま。

車内は静まり返っていた。

私は言葉を探していたが、何を話したらいいのか分からなかった。

「今日は、有難うございました・・・。」

やはりお礼の言葉だろう。

私は一番無難な言葉を選択し、車から降りようと思った。

ドアを開けようとする私の腕をオッサンは掴んだ。

ぐい、と私の体を自分に引き寄せ

まるで今からキスでもするかのように

オッサンは私に顔を近づけてきた。

ドキッとした。

こういうシチュエーションには慣れているつもりだったが。

大人の男の香りがした。

香水の香りがプン、とした。

初めて乗った時に匂ったあの香水の香りだった。

私はキスを拒むように顔を下げた。

オッサンは察しがよく、思いとどまって顔を離し私にこう言った。

「蘭子ちゃん・・・。さっきの名刺、持ってる?」

「あ、はい。」

「あの名刺、一枚しか作っていないんだ。」

「え・・・?」

「馬鹿かもしれないけどね。

実は恋ってのに憧れてるんだよ。

私はお見合い結婚だからね。

恋をしたことがないんだよ。今まで一度も。

いつか恋をする時が来たら、その相手にこの名刺を渡そうと思って

一枚だけ作っておいたんだ。」

オッサンはテレながら頭をかいた。

「蘭子ちゃんがあの名刺を捨てるも持っていてくれるのも

それは君次第だから。」

「そんな・・・。たった一枚しかない名刺を私に渡しても・・・。

私、好きな人いるんです。」

「うん。でも何年でもいいから連絡してくれるの待ってるよ。

おじさんのささやかな夢だと思って。

当選発表のない宝くじだと思って待ってるよ。」

そう言って私の腕を放した。

私はこくんと頷いて、この親切なオッサンの夢に付き合ってあげようと思った。

「良かった・・・。」

オッサンはため息一つつき、安堵の微笑を浮かべると、

車から降りて私の助手席のドアを開けた。

「じゃあまた。」

今度いつ会えるかどうか分からないが、オッサンは敢えて私にこう言った。

「お気をつけて。」

その言葉に対してYESともNOとも答えない言葉を選び、私は車から2、3歩離れた。


遠くなる車のライトを見ながら私はバッグに無造作に入れてあった名刺を取り出した。

車のライトが二回赤く点滅した。

私は頭を下げた。

もう一度名刺に目を落とす。

名刺は印刷したばかりのものは、インクの臭いがするし、扱いを間違えると紙で指を切ってしまう。

オッサンガ手渡した名刺にはそれがない。

おそらく何年も名刺入れに忍ばせていたに違いない。

最初で最後の一枚を自分が貰ってもいいのだろうか・・・。


本来ならヒロシの事で落ち込んでいたり情緒不安定になっている状態の自分が

不思議と落ち着いているのに気がついた。

オッサンの優しさのお陰で

乾いてひび割れた心がすーっと水を吸い込ませたように潤っていた。


私の名刺入れには

沢山の名刺が入っていた。

自称青年実業家

自称不動産王

自称成金御曹司・・・

その肩書きはそうそうたるものだ。

中には金箔で作った名刺もある。

利用価値のある名刺達。

そして捨てられない名刺達・・・。


そしてオッサンから貰った何の変哲もない明朝体だけの名前の文字と電話番号が入った名刺。

しかし今まで貰った名刺の中で一番重みのある名刺だ。


結局私はオッサンの誠実さに惹かれてその名刺は私のシャネルの名刺入れに入れた。


その名刺をすぐに利用することになろうとは

その時の私は夢にも思わなかった。


-続く-


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