ぶっちゃけ版、中国と日本の仏教の受容についての一考察
中国では、仏教とともに伝わった『来世』の考え方が、仏教の受容に大きく影響したという意見があります。
では、日本では、どうだったのか?
私は、『怨霊』と『成仏』がキーワードだと考えています。
古来、日本では、農作物の不作や疫病、地震や雷や台風などの天災は、『悪霊』や『怨霊』によるものだという考え方があったとされます。
特に、不遇な死に方をした人物は、強い『怨霊』になるとして恐れられました。
彡△ミ
ノノ゚A゚)
( ∪∪
_ ) ノ
|不| ( (
|遇| )ノ
|の|
|墓|
| ̄ ̄|
`| ̄ii ̄|
|二(二)二|
天神さま、菅原道真は政争に敗れて失意のうちに亡くなり、雷をまとった『怨霊』になったとされます。
崇徳天皇は、戦乱に敗れて国家レベルで祟りをなす『怨霊』になったそうです。
千年の都・京都に遷都した桓武天皇は、抗議のハンガーストライキの末に亡くなった弟・早良親王の『怨霊』を恐れていたと言われます。京都への遷都も、『怨霊』を逃れるためとの話まであります。
その他、歴史を調べれば、出るわ出るわ、『怨霊』のオンパレード!
とても、書きつくせません!
いかに『怨霊』が恐れられていたのか、それが伝わってくる物語には事欠きません。
『怨霊』を『祭り』、鎮める。
政治は『まつりごと』、特に古代では政治と祭りは切り離せない関係にあったと言われています。
『怨霊』の対策は、国家的な問題でした。
医学領域では、『使った!治った!効いた!』というパターンを『三た療法』と言って揶揄しますが、
『祭った!おさまった!よかった!』という怨霊版・『三た療法』もあると考えています。
因果関係?
・・・・・・、ないことを証明できる?祭らなくて、祟られたら、責任とれるの?
そう言われると、言葉に詰まるところです。
・・・・・・、それで安心できるなら、それはそれでアリかも?
とにかく、『怨霊』を祭ることで、災難は去りました(勝手におさまった?)。
因果関係は分かりませんけど、とにかく、良かった良かった!
ところで、ここに一つ、大きな問題が残されます。
いつまで、どこまで、やらなきゃならないの??
( ̄0 ̄;アッ !!
例えば、京都の葵祭。
『6世紀の中ごろ、欽明天皇の代に風水害と凶作が続いていました。天皇の命により卜部伊吉若日子(うらべのいきわかひこ)が占いを行うと、これらの天災は賀茂神の祟りであるということが示されました。そのため、4月二の酉の日に鈴をつけた馬を走らせて祭祀をとりおこない、五穀豊穣を祈ったのが葵祭の起源だとのことです。』
(Wa!京都を発信する地元メディア
という記述がありましたが、
『神の祟り』を鎮める祭りが、形を変えながら
1500年を経て現代でも続いています。
今回は、しっかり祭った!
上手くいった!(かもしれない)。
ヤッホー (ノ^∇^)ノ
では、次は?
何かが起きるたびに、『怨霊』の存在におびえ、祭り続けなければならなくなるのでは?
海外からも新しい強そうな方法を取り入れて、祭りに祭り、鎮めに鎮めても、やればやるほど怖くなるのも人の習性でしょう。
やればやるほど恐ろしくなって、どんどん祭りがエスカレートしていきそうです。
(((( ;゚Д゚))) ガクガクブルブル ・・・もういやだ・・・
そこで役に立つのが、『成仏』!!
長くなってきたので、もう一回続きます。