第39回「歳月」10/2 | 定めなき浮世にて候へば一日先は知らざる事に候

定めなき浮世にて候へば一日先は知らざる事に候

良い事・悪い事「一つの事象が原因で今日とは全く違う明日を迎える」なんてことを感じてます
「常識(定説・通説)」に対して???と思うことが多い昨今、自らの思いを記することもあります

そんな事を感じながら日常生活の中での思うところを記していきます

今まで、九度山での蟄居生活は、
ただただ苦しく貧しいとだけしか書物等には書かれておりませんでしたが
今回のような形で描かれたことは、とても良いと思いました。

苦しく貧しいながらも、九度山での生活には何の不満なく穏やかで幸せな生活があったんだなぁ、そりゃ~そうだよ、14年も居れば住めば都、村の生活・環境に染まっていった。
あぁ~このままでも良かったんだよなぁ~と思いました。

家族愛がテーマですからね、真田丸は。

しかし、そんな穏やかな幸せな生活を一変させる使者が
源次郎のもとにやってきました。

結果が結果だけに、来ちゃった、来なくてもいいのにと思いました。
このままそっとしておいてと。

相変わらずの源次郎きりですが、思えばドラマが始まった1582年2月時点で
共に15歳(1567年誕生説)、あれから29年の歳月が経て44歳。
私と同じ年頃。源次郎に対して菩薩の心で接するようになったというきり
確かに、男女の仲より、本当に幼馴染み、夫婦ではなく切っても切れない心の、真のパートナーとして描かれていくのですね。

きりに対して、私は当初から何の不満もなく
かえって源次郎にとってはなくてはならない存在と思っていました。

お暇なんて言った途端、
本当になくてはならない、ずっと源次郎の傍に居てと思いました。

秀次の娘で側室のたかの登場では更に不安になったが
たかが持ち帰ったサナール(紐)から真田紐を考案する源次郎

その真田紐をきっかけに、きりの仲の変化、きりを慕うようになる

そして、大助源次郎
大助から囲碁を教わり対局する源次郎

何とも、イイ感じの親子で、これもまた結果が結果だけに
涙腺崩壊なシーンでした。

真田紐信繁(幸村)が考案したかは・・・、色々と説がありますが、真田昌幸が上田城下に紬を織ることを奨励したことに始まる上田紬(ドラマでは上田の紬)を引き合いに出して語られたことは良かったと思います。

真田丸制作発表時、幸村を封印し、これまで信繁としてきましたが
ここで幸村が登場とは。

前回も記しましたが、幸村への想いを後日記したいと思います。

次回、第40回「幸村」が楽しみです。