去年、メジャーリーグのチャンピオンは、
レッドソックス。その優勝が決まった瞬間、
ピッチャーのパペルボンは、グラブを投げ上げた。
あのグラブはどこへ行ったとか、
グラブを投げ上げることは、
彼の癖とか言われた。
が、あの行為は日本人から見ると、
絶対にやってはいけない行為なのである。
特にリトルリーグや高校野球などで、
あんなことしてみようものなら、
厳しく叱責されるに違いない。
そして、日本のプロ野球でも、
青少年に与える影響、
つまり、教育上良くない、
といわれるだろう。
それに類する話題を以下に4題あげる。
記憶だけで書くので、
詳細までは覚えていないが、
内容的にはこんなことだったと思う。
(1)PL学園・清原(高校3年・夏の甲子園)
現オリックスの清原である。
そのときの優勝高はPL学園。
たしか、清原の前の打者がヒットを打ち、
サヨナラゲームになったと思う。
ホームベース上で歓喜の輪ができるわけだが、
次の打者だった清原は、バットを持ったまま、
チームメイトと抱き合っていた。
雑誌か何かで、清原らしいと書かれていた。
(2)イチロー・子供たちに話す
メジャーに行ってから、
小学生に野球が上手くなるためには、
どうすればよいのか、話していた。
イチローはグラブなど、道具を大切にすること、
手入れすること、と話した。
そうすれば、今まで捕れなかったボールが
捕れるようになる、といった。
(3)SHINJOの引退会見
一昨年の札幌ドームでの会見、
SHINJOは使い込んだグラブとともに会見をした。
タイガースでもらった最初の給料で買い、
それ以降、修理(手術)を重ねて、
使って来たのだという。
このグラブがSHINJOに、もうプレーできない、
といったそうである。
(4)パイレーツ・桑田
去年、桑田のインタビューで何度も
「野球の神様に感謝」という言葉を聞いた。
やはり、日本人はそれだ、と思う。
モノを大事にし、自分の肉体と同様、
あるいはそれ以上に扱う。
イチローの話でも、SHINJOの話でも、
実際のプレーでは関係ないはずだ。
グラブも、古くなったものは処分し、
新しいモノを使った方がいいかもしれない。
でも、彼らにとっては違う。
自分の体の一部であり、
グラブと一緒にプレーしているのである。
だから、モノにも心が入っている、
心がこもっているのである。
桑田の話でも、
全く野球、あるいは桑田のことを知らない他人からは、
「野球の神様」なんているわけがない、
といわれるだろう。
でも、桑田には野球の神様がいるとしか、
思えないような、いわば奇蹟の経験を
たくさんしてきたはずである。
野球に限らず、似たような話はいくらでもある、
日本人は、日常使う道具でも、仕事で使う道具でも、
大事なものは、単にそのものの名詞で呼ぶのではなく、
固有の・独特の名前を付けて呼ぶ。
また、女の人が携帯電話やiPodに、
独自のデコレーションをすることも
これに類することだと思う。
そんなことをするのは、
日本人だけかどうかは知らないし、
これが日本人のアイデンティティだ、
といえるのかどうかも知らない。
でも、いいと思うことは、
これからも大切にしていきたい。
いくら古くさいと言われそうなことでも。
特にモノが簡単に手に入る時代だから。
世の中が軽薄になっているように感じるから。