手書きの貸し出しカード、それを入れておくために裏表紙に貼り付けてあるカードいれ。 今までに借りた生徒の名前が並んでいる。 思っている人の名前があると借りるのが余計にうれしかったりした。 (早熟だったのか) 小さな小学校だったし書庫全部の本を読んでやるという意気込みだった。 (今考えると何を気負っていたのかと思う、バカみたい)
SFに目覚める前にはまったのが南総里見八犬伝。 もちろん原作ではなく、子供向けにやさしくして読みやすくしてある本。 ついでに滝沢馬琴の伝記も読んだ。 晩年は目が見えなくなって、息子の奥さんに筆記してもらったことなど知った。
40年以上たって、杉本苑子の”滝沢馬琴”を読んだ。 きれいごとではない、馬琴の小説家としてのあせり、新しい考えへの狭量な見方、欠陥の多い生きた人間としてが書かれている。 ただの美談なんかではない。 まさに目からうろこである。 つくづく、子供向けの伝記なんて毒にも薬にもならないと思う、時間の無駄。
ああ無情なんて子供のころ読んで、読んだつもりになっていたけど、そんなに甘いものではない。 パリのその当時の下水道の仕組みなど何ページも読まされるとああ子供向けのほうが面白かったかも、なんて思いそうだが。