昨日の続き。 お金がないだけなら、若いんだものそれを楽しむ余裕があったかもしれない、でも私はその上に4重苦。 新しく引っ越してきた町には仕事がない、学校にいけない、友達がいない、家族もいない。 仕事の経験といえば、大学時代の家庭教師、そんなものここアメリカでは一文にもならない。 やっと見つけたのは小さなレストラン、朝とお昼ごはんだけあいているいわゆる greasy spoon という安い飯屋という感じの店。 ウエートレスの経験もないのに、雇ってくれたのはありがたいが、時間給1ドル40セント〔最低賃金はそのころ3ドルちょっとだったがそれより低いのはチップがもらえるから)、チップだって、それこそ25セント、10セントの硬貨がテーブルに残っているのをかき集める毎日。 朝6時から2時まで働いて、1週間のお給料が40ドルちょっと〔封筒に現金が入っている、これは今になって思えば、社会保障の税金を雇い主は払ってなかった)、チップが同じくらい。
ツレアイだって、遊んでいたわけではない、フルタイムの学生で、週に20時間は図書館のデスクで働いていた、合間に勉強ができるから便利は良かったらしい。 真夜中12時に図書館を閉めるのに付き合って、一緒に電気を消して歩いた。 ツレアイの両親からもらった古いステーションワゴンがあるきりなので私とツレアイは仕事と学校にはどちらかが自転車、結構雪の積もるインディアナの町の冬その上坂の多い町ではかなりの勇気がいる。
私自身の経験のせいで、私はレストランではチップをはずむ気前の良いお客です。
ツレアイだって、遊んでいたわけではない、フルタイムの学生で、週に20時間は図書館のデスクで働いていた、合間に勉強ができるから便利は良かったらしい。 真夜中12時に図書館を閉めるのに付き合って、一緒に電気を消して歩いた。 ツレアイの両親からもらった古いステーションワゴンがあるきりなので私とツレアイは仕事と学校にはどちらかが自転車、結構雪の積もるインディアナの町の冬その上坂の多い町ではかなりの勇気がいる。
私自身の経験のせいで、私はレストランではチップをはずむ気前の良いお客です。