5年経った今もこれからも感謝の想いは変わることなく。
通常の夏バテによる蕁麻疹とは、どこか違う。
3日間もこの症状が続き、夕方になると熱が上がり、どんどん発疹も増えて悪化している気が…。手のひらや口の中もブツブツが、痛くて食事もままならずついに今朝は顔が腫れてきた😱
ググっても感染症の症状ともちょっと違う。
慌てて再診に行って来た。
地元で大きな病院を選べば大丈夫と思っていたけど、日替り診療を行う先生によっては、異なる診察結果、見解も多々あり得る。今回はある意味、同じ病院でセカンドオピニオンというところ。
初診診療してくれた先生は、若くとても美人だったけど、ずっとパソコンを見ながら話を聞いて患者と対面しないことが気になった。それも会話に対して表情も動かさない。せっかくの美人さんも台無しな不機嫌美人な雰囲気😅
太ももに広がった発疹を診せるため、自らスカートをたくし上げたが、パソコンから一瞬、目を動かしただけだった。何を診てくれているのか内心不安になった。診察というより、単なる問診のために3時間半を病院で費やしたような感じだった。
今日の先生は、身体全体的に広がった発疹を診て驚き、辛さに共感してくれた。原因となったものについて問診の中で色々探ってくれた。
血液検査からも感染症の不安は消え、やはり、私自身が当初予見していたように、自家感作性皮膚炎だろうとの見方だった。
初診の時、虫に刺され耳裏から首筋が腫れたことを先生に伝えた時、症状と虫に刺されたことはタイミングが合っただけで、違うものと言われて、体力免疫力低下の蕁麻疹になった。
この3日間の辛さは何だったのか…とも思ったけど、この手のアレルギー反応は稀らしく、3日経ったからこそ、分かるものがあるのだろうと、自分で納得するようにした。
それにしても、やはり症状が改善しない場合は、早急にセカンドオピニオンに診てもらうことも大事だと学んだ日だったと思う。
薬もあらためて治療薬を処方してもらった。
明日こそは、全身ブツブツでも仕事に復帰したい。
かつて経験したことない記録的豪雨、暑さ、台風…。毎年、かつて経験したことのない異常気象が更新されていく。自然に関しては想定外のことはいくらでも起こり得るということ、ここ数年自然に教えられている気がする。それも人間の豊かな暮らしの代償に。
100年後の東京の夏の平均気温が44℃って、カジノ作るとかどうでもいいから、未来の子どもたちの為にも今後の街づくり、環境づくりのあり方を考える方が、切迫した課題に思うのだけど?
政治家はとりあえず自分が生きている間のことしか見ない考えない。
そして、私も今年はかつて経験のない夏バテでダウン中…。
日曜の朝、気になっていたけど、大したことないと日中イベントの打ち合わせに都内に出て戻り、夜になって全身に広がった蕁麻疹…。
翌日、病院に行ったら、暑さによる体力、免疫力の低下が原因だろうとのこと。
台風による気圧差もあったし、意識しない身体の負担は大きい。
蕁麻疹はすぐ消えるイメージだけれど、足の裏から頭の中、口まで(何故か顔は大丈夫)追いかけっこのように後が絶たない。
さすがに熱まで出てきてしまった。
唇はアンジェリーナ・ジョリーのよう💋💕
蕁麻疹が出る前に、耳裏を虫に刺されたら首筋まで腫れたので、毒虫でないかと疑ったけれど、虫刺されによる発疹の出方とも違うらしく、免疫が落ちてるタイミングで、刺されてしまったらしい。
元々、自律神経の調整が上手くない人なので、社会人になった若い頃は、よく全身蕁麻疹を繰り返していた。でも、ストレスから生じる蕁麻疹と、身体が弱って生じる蕁麻疹の出方にこんなにも違いがあるのかと、あらためて知った。
大好きだった夏…。
今の夏は命を削っていく。
発疹のピークは過ぎた?と思いたい。熱も下がったら、明日は仕事に行きたい。仕事に行けないこともストレス、自律神経の乱れに繋がる悪循環。
8月下旬からは毎週イベントのお仕事目白押し。
前半は体力温存につとめよう。
皆さんもくれぐれもお身体ご自愛下さい。
体力に過信は禁物です。
ネットを覗けば、先日のワールドカップや芸能人や他人の色恋沙汰、子育て論に至るまで、マスコミに煽動されるかのように、他人のミスや人間の弱さや過ちを犯罪者のように責め立てる風潮が蔓延している。
時に罪以上(犯罪にあたらず)の社会的制裁を与えないと事態はおさまらない。
ネットに限らず、不機嫌な人は日常的に不機嫌。怒りを抱えて生活をしている。斎藤先生も言っているが、「機嫌というのは、理性や知性と相反する分野に思われがちだが、気分をコントロールすることは立派な知的能力の一つ」。
顔が見えないから言いやすいこともあるのだろう。自分の発する言葉や意見に責任を持つ必要もないし、相手がそれで傷つこうと構わない(そのような人ほど自分については過剰反応)。ただ自分の不機嫌、正当性や価値観(肯定・正当化欲求)をぶつけることが出来ればそれでいい。それは今この国全体を覆う闇のようにも感じる。
そんな時、こんな面白い本を見つけた。
ネットに限らず、不機嫌な人は日常的に不機嫌。怒りを抱えて生活をしている。斎藤先生も言っているが、「機嫌というのは、理性や知性と相反する分野に思われがちだが、気分をコントロールすることは立派な知的能力の一つ」。
以前、私が心療カウンセリングの勉強をしている時に学んだことも、人間の心や精神の成熟度は、感情のコントロールで測ることが出来るということだった。
もちろん、人間にとって喜怒哀楽はとても大切な感情で、その時々の気分や感情を味わうことは、とても大事なこと。ここでいう感情のコントロールというのは、あくまでも他人や社会の中でのことで、内在的な喜怒哀楽の感情の振り幅ではない。社会や周囲、物事を静観する感情、ニュートラルポジションに位置する感情というべきかもしれない。
世の中全体一人ひとりがまるで陪審員のように、他人の言動をジャッジし匿名で吊るし上げる怖い時代。そんな不機嫌な人や感情はネットに限らず、職場や日常生活の中でも蔓延しつつある昨今だからこそ、斎藤先生は「不機嫌さは罪」とし、不機嫌さを解消し「上機嫌さ」こそ人生を豊かにする秘訣であると、現代社会を円滑に生きワザを伝授している。
最近、世の中に生き苦しさを感じる人には、おススメしたい一冊である。
そして、私も今更言うまでもなく未熟者の極み。今まで色々な人に赦されながらここに存在している。だからこそ、日々に出会った人たち、これから出会う人たちに感謝しながら過ごしたい。
言い訳っぽいけど、未熟な人間だからこそ、時に感情に任せて怒りを露わにし、自己嫌悪に陥ることもある。最近、やってしまったし…。
それでも、その不機嫌の要因を他人のせいにだけはしたくないと思う。不機嫌は私の勝手な感情に過ぎないのだから。
時々、自分の価値観が邪魔して、他人に色々な感情が巡った時、陪審員になりそうな時に読み返す聖句がある。
ヨハネ福音書第8章3〜11節
姦通罪で捕らえられた女性を巡って、イエスと律法学者が対立する場面で、当時、旧約聖書の法律では姦通罪は石打ちの死刑。それについて判断を求められたイエスは「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず石を投げなさい」と言うと、年長者からはじまり誰も石を投げることができず、立ち去ってしまった。というもので、人は生きていくうえで、罪を犯したことのないものは一人もなく、自分の正しさを根拠に人を裁く権利や資格をもつ者はいないことを伝えている。
私もまた人に赦されながら生きる身なのだから…。
余談ではあるけれど、
どんなに分かり合える親密度の高い人間関係であっても人間の正義、価値観の違いがあることを理解していることも、上機嫌で生きる秘訣であるように思う。
こちらもカウンセラーの勉強会で行ったもの。
人それぞれ互いの正義感、価値観の違いを理解するきっかけになった忘れられないテーマ。
「地球最期の時が迫っています。あなたは地球から脱出する宇宙船の船長で、あなたしか宇宙船を操縦出来ません。
定員は12名です。地球に残されている人は13名。誰か一人地球に置いと行かねばなりません。
誰を置いて行きますか?」
そのことについての理由を述べると言うもの。
13名それぞれ子どもからお年寄り、職業も社会的地位も違う(ここでは、それぞれのプロフィールは記載せず)
ほぼ見解が一致することはないので、私自身、絶対的な正義も価値観も存在しないことを知るきっかけになった。
みんなそれぞれの正義、価値観が存在する。存在するべきなのだと。
最近、ゆっくり読書をしていないことに気づく。
スマホの記事や情報を見て、何かを読んでいる気になっている…😅
本を手にして読書をしよう。何度でも読み返したくなる一冊。そろそろ自分のエンディングを意識しながら生きる年齢になった。6年前とは違った視点で感じるものがあるはず。



