2012年の再演、無伴奏ソナタです(^-^)/
小さな頃から政府に適職を決められて、その才能を伸ばす為にあらゆることを犠牲にしなければならない…ある意味で現実よりも選択肢を政府に握られた厳しい世界のお話です(^_^;)
もし、その才能を自分自身の都合で歪めてしまえば、法律違反で罰せられてしまいます。
主人公の音楽の天才もまた、自身の才能の限界を知りたくて、法律を侵してしまいます。正確には、法律違反を勧める人に振り回されてしまっただけなんですけど(^_^;)
彼の音楽に対する才能は並外れたものがあります。しかし、彼が周りの人を驚かせるのはそれだけじゃないんです(^ν^)
…彼は音楽を愛してるんです。
多分、誰よりも(T ^ T)
彼は最後、沢山の拍手の中で生を全うします…私にはそう観えました(T ^ T)
私は絵を描くにあたり、かなり遠回りをしたかもしれないけど、お芝居の中で幼少の頃から、才能を磨かれ続けていたら、どうだったかな?と考えさせられました。
はっきり言って、クレパスでは描いてなかったかもしれませんし、今のようなスタイルを構築していたかどうか…(^_^;)
あんなもの個人の才能を政府に利用されてるだけじゃん!
「不便さの中でこそ本来の姿が立ち現れる」
この言葉は、東北の震災の後、寒川神社へ行く為に、いつも乗っていた相模線が不通で茅ヶ崎駅からバスに乗ったら、初めて巨大な鳥居が寒川神社の南の道路をまたいで2つもあったことを知って気づかされた言葉でした。便利になって最寄りの駅を使っていたけど、本来の参拝は、多分茅ヶ崎駅からバスや徒歩で来ていたんじゃないかって(^_^;)
何が大事か最終的には、自分の直感のようなものを信じることしかないのかな(^_^;)
話がそれましたが、このお話を観ていて、才能と個人の喜びを他人が引き離してはいけないんじゃないかと思います。それが法律があることで、簡単に引き離されてしまうのは、違うような…(^_^;)
山崎拓巳さんが、自身の失敗談を話した後に「人生は短所で勝負できるほど長くはないよね」なんて言ってましたが、本当にそう思います(^ν^)
ただ、自身の才能に気づかずに埋れたまま生きる人もいるのも確かだと思います。
才能はそんなになくても、努力と情熱とチームワークで自分のしたいことを才能を構築することでできる人もいる思います。
やっぱり自由なんです。
それで本当に幸せかどうか…そこに集約されるような気がします。
そして、それぞれの才能は気づいても気づかずとも私たちの人生を支えてくれるもののように思います。
それが表に出ようが出まいが…
このお芝居、涙なしには語れませんが、2年前は、彼の音楽への愛や情熱を感じる度に泣いてましたが、今回は最後の拍手が起きるまで涙はでませんでした。(^ν^)
ただ、最後のところで拍手が鳴り響き、それが観客の人々まで広がった時、まるで自分がよく自分の才能を見つけた、戻れたとこれまでのかなり遠回りしてしまった人生を祝福してもらえたような気がして、涙が止まりませんでした(T ^ T)
あぁ、もっと早くここまで来れたかな?とかそんな気持ちを吹き飛ばしてくれました(-_^)
初の個展も終わりましたが、それほど盛り上がることもなく、特にお祝いのようなイベントもなかったので、あの拍手の中で自分の気持ちが満たされたんだと思います(^ν^)
もちろん、涙が収まってからは、役者の皆様への感謝の気持ちに拍手が戻っていました(^_^)☆

