生きてこそ… | フィーリングメッセージ

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伝えたいメッセージを紹介します

「永遠の0」借りてみました。
(^_^)☆(以下ネタバレ)
photo:01

↑いつもの空の写真と重なりますね(^_^)









最後の戦闘シーン、ほんの数十秒位なのですが、なんか引きつけられて、何度も何度も繰り返し観てしまいます。

そしてそのあとに流れるサザンの曲がまたいい~(^_^)☆

*繰り返しますが、「永遠の0」を先に観ておきたい方は、後でご覧下さい。m(_ _)m




















先ほども話しましたが、最後のシーンで主人公が出した決断に一体どんな意味があるのか?気になってしまいました。

ほんの1分もない戦闘シーンですが、何度も何度も繰り返し観て、彼の表情から読み取れるものはなんなのかと考えていました。

そもそも部隊の中でも特に腕のいい小隊長が何故、乱戦になると戦闘に参加しないのか?

それは、家族の元に帰りたいという強い想いにあります。家族を護れるのは私だけだといい続けて、危険な状況を極力さけようとする小隊長。それに呆れる部下たち…

全体を通して振り返ると、「家族」への愛がテーマなのだと分かります。

そしてそれから小隊長は我妻、我が子同様に、部隊の部下を愛しはじめたのではないかと…

命を無駄にしてはいけない…命よりも大事なものはないとそういうメッセージが沢山感じられます。

どんなに危険な最中にいてたとしても、生きるのを最後まであきらめてはいけない。といいながら、無謀な作戦、戦略など、最初から命をみすみす棄てるようなことに、なんら価値を見出せずにいます。

実際にもう燃料がないからと引き返して、特攻しようという部下を止めて、基地近くの島手前で燃料不足で落下して、結果的に死んでしまいましたが、きっと敵軍に飛び込んで命を落とすよりも死に方として命を大切にしているのだと改めて再認識させられます。

少なくとも最後まで希望を持ち続けて生きれたことが、結果に関係なく、命を大切にしているのだと感じました。

「燃料が足りない」から引き返して自滅を選ぶことよりも、「燃料が足りない」けれど、帰りたいという最初の気持ち、意志を貫けたことは清々しいと思います。


上官がテスト飛行で失敗した部下のことを兵士の風上にもおけないやつと言い放つと、そんなことはないと上官に喰ってかかるシーンなんかも良かったです。


これはありきたりな言葉かもしれませんが、彼は家族と離れ離れになりながらもいつも家族と共に戦っていたのだと思います。

特攻に参加し、自分の命を投げ打ってしまえば、確実に自分から家族に会うことを諦めることになります。

なぜ会えなくなることを選んだのか?

彼は、話の流れから察すると、部下が乗る飛行機に細工をして(?)戦闘地まで飛べないようにしていたのかもしれません。二人とも泣きながら、小隊長と一緒に死ねないことを嘆いていました。

多分、小隊長は彼らを死なせるには惜しい、家族のように思っていたのではないかと思います。

命がけの地で、できる限りのことをしてきた小隊長。

その姿は最初から終盤まで何も変わっていませんでした。

隣人を家族のように愛することは難しいことなのかもしれません。が、あのような命をかけた戦いの中で仲間を部下を愛することができるのは、懐が深いですし、あのようなことができるのは何よりも意志の強さの表れだと思います。

そして、彼は皮肉にもあの戦争に向き合うこと、家族に会えないかもしれないけれど、その時に最大の破壊力を持つと思われた特攻を選ぶことで、家族への愛を重ねたんだと思います。

それが狂気じみたものだということも彼の性格上、分かってのことなのでしょう。

それが家族と離れ離れになることとしっていても、勝負、今を生死を超えて愛することに決めたのだと思います。

究極のところ、愛に結果は関係ないということなのかもしれません。

そして、またこのようなカタチでしか愛を表現できない、そんな追い込まれた状況を作ってはならない、こんな戦争はもうしてはならないという私たちへの教訓も含めてのあの表情なのだと思います。

彼が選んだ特攻は、皮肉にも家族との愛情をより強固にしたことに間違いはないと思いますが、命と引き換えでは、あまりにも悲しすぎます。



まとめると、

「命より大切なものはない( ^ω^ )」

から

「命よりも大切なものがある(*^^*)」

と彼は戦争の中で気づいたからこその結果だと考えるのが妥当ではないでしょうか?

それは、ある方が感想で書かれていましたが、未来の日本を見据えてたのではないかということです。

それが戦争時には皮肉にも「特攻」という形に結びついたのだと思います。


戦争をしている以上、勝ち目のない相手だとわかっていてもその想いを形にしようとすれば、そうなるということなのではないでしょう。


途中で彼がすごくうずくまって途方にくれてるシーンが記憶にありますが、どんなに賢く腕が立っても、冷静さで狂気に染まらないようにしていても戦争をしていたら、おかしくなっても仕方ないのだと思います。

もちろん、彼が最初から最後まで、自身の哲学、考えに則って戦闘を繰り返していたら、戦争が終わって、家族に会えたかもしれません。

それでは、戦争が終わってから、戦争がなかったものとして、人生を生きられるか?といったら、そうではないと思います。

きっと、このままやり過ごして、自分たちの家族だけ幸せが続くことが、なんらかの後悔が残ると気づいたのだと思います。

命を賭けながらもそれだけ目的を果たせずに散った命が多かったのではないでしょうか?

もしかしたら目の前で同朋がなくなっていって、冷静さを保ち続けることは困難だったのかもしれません。

無念に死んでいく若者を少しでも救い、命を繋ぐことを命題と課して、

涙と狂気にまみれた顔で操縦桿を握る姿は、共に戦闘で散った仲間や家族への愛情、そのすべてを込めて突っ込んで行ったのではないかと思います…

これが戦争なんだと、こんなに悲惨なことが、まさか私の求める愛とつながってしまうことが戦争なのだと思います。

それこそ、小隊長が選んだ道というものだったのではないかと(^^;;

もちろん、これは映画(小説)ですから、そういう風に描いたように思いますが、戦争について知るにはとても意味のある作品ではないかと思いました(;^_^A

書きながら観て、観ては書き足しを繰り返していったので、かなり読みにくく、且つ長文になってしまいました(;^_^A

最後まで読んでいただき、どうもありがとうございましたm(_ _)m



*小隊長=彼=主人公です( ^ω^ )