▼どんな時に人の思考が止まるのかに気づけていたらどうなってた?▼ | フィーリングメッセージ

フィーリングメッセージ

伝えたいメッセージを紹介します




(省略)

個人(テロリスト)対国家(アメリカ)の戦争というところに

非対称性の根本があったのです。

ところが国家をあげて戦うには

相手が個人の集団では戦争になりません。

戦争だと宣言してしまったために

相手も国家の体裁をとっていないと具合が悪い。

つまり敵を屈服させたという成果が

はっきり目に見えることにこだわったのです。

そこでタリバンという政権を蹴散らし、

イラクのフセイン政権には大量破壊兵器という

言い掛かりをつけて倒しました。

しかし、その両者とも9.11の真犯人ではありません。

(中略)

戦争という手段を用いると、

本来倒すべき敵以外の多くの人間を犠牲にします。

中でもイスラムで弱者とされる子供や女性、

高齢者を犠牲にしたことはテロを憎んでいた

多くのイスラム教徒さえも敵にまわしてしまいました。

それが新たなテロを招きました。

戦争で子供の命を奪うことは、

全世界のイスラム教徒にアメリカとその同盟国が、

イスラムの敵であるという印象を深くさせました。


(中略)


アメリカが過去5年の間にとってきた行動は、

粗雑な外科手術のようなものです。

ガン細胞は手術で取り除ける。

それは間違いではないでしょう。

しかし、大規模に手荒な手術をすれば、

健康な組織を傷つけ、

患者体力はもちません。

テロとの戦いで言えば

患者とは私達の住む地球です。

結果として、アメリカと同盟国は、

世界2億ともいわれるイスラム教徒全体を

敵にまわすことになりました。





教育テレビ 視点・論点 一橋大学教授 内藤正典より一部抜粋
ハートフルフィーリングマイラブ☆特別編☆

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いつの間にか勝手にイスラム教徒と敵になってたのかという印象を残すような記事ですが、それだけアメリカとの戦争で亡くなった方が沢山いたんだという事実を表わしているんだと思いました。

9.11の事件は決して許されることではないけれど、だからといって罪のないイスラム教徒が標的になるべきではなかったんだということがわかりました。

確か今年の始め、NHKの番組で、野猿が狂暴化して、人間を襲うようになった村の特集をしていた番組がありました。そこで、野猿のことを知り尽くしている人が、ある一定の条件を満たす猿(オスであること。7才以上であること。リーダー格のサルじゃないこと)を対象に捕獲して駆除することに決めました。

ボクの中でも果してそこで思考をとめていいものかどうか考えさせられる話で、猿に対してもそういった条件をもって猿のことを知り尽くしている人が駆除の判断を決めているのに、戦争とは何だろうとかんがえさせられます。悲しみとそして怒りの矛先が向かう場所というのは、感情の肥大化によって、時にその場所を間違えてしまうように感じます。

アメリカはこの表わしようもない怒りを感じ、軍事力の凄さで威圧して、ある意味で懲らしめたかったような感覚があったように思いました。

どこかで、怒りに呑み込まれてしまうと、判断が鈍ってしまう。それだけ9.11の事件によって傷ついた人が沢山いたということなんだと思いました。でも、それでもなお戦争は平和をもたらすものではなく、その怒りの連鎖を生み出すものでしかないという意識が高まりました。その上で、改めて現実を把握することの難しさがあるんだと感じました。

平和への道が、その手段が戦争でなくなることを願い、記事にさせて頂きました。