次の問題が原因だ
・自分のイメージを汚すまいとして消耗する
・他人の期待に答える準備がないと感じる
・やること全てにわたって「完璧かどうか」が気になる
・自分自身に非現実的な基準を押し付ける
・失敗したり認められなかったりすると努力は無意味だったと考える
などなど以下省略
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完璧主義のわなに陥らないようにすることは、自分の責任だと理解することも大切だ。もともとは社会や他人から押し付けられた基準かもしれないが、彼らに自分の行動をコントロールされつづけるとしたら、それは自分がそう仕向けているのだ。他人はあなたを完璧主義から救ってくれない。あなた自身でするべきことだ。
(みんなの幸せを追求する)
(みんなの幸せを追求する時、全ての人を喜ばせようとすると、自分をしばりつけることになる。だが、すべての中に自分を含めれば、それは自己の解放につながる。)
愛があれば、受け入れられる
愛とは受け入れることだ。あなたを愛する人たちは、欠点も含めて、あるがままのあなたを受け止めてくれる。また、あなたが自分自身を欠点だらけだと思っていても、それをあるがまま受け止めるようにと願っている。
まず受け入れられていることを知る
愛は、人の精神を豊かにし、高め、解放し、大きく広げる。本当の自分なるための後押しをしてくれる。愛されているとわかれば、その愛を受止めて自分も他者も愛する、それだけで十分だと思えるようになる。
真の愛は相手を追い払うことでもなく、好き勝手にさせることでもない。他者も自分も同じように大切にすることだ。
☆不完全さの取り扱い方☆
自分をまだ充分受け入れていない。自由や喜びを経験するには、自分には欠点があるという事実を見つめ、隠さずに認めることが大事だ。
一生懸命やっても駄目なら、自問する
「何時間もやってみたけれど、時間は貴重なものだよな」
「なぜ時間をとられているんだろう」
「これを完璧にしなかったらどんなひどいことになるんだろう」
「そのままにしたらどうなるんだろう」
と今していることをやめてじっくり自問してみたら、自分で時間を管理できるようになるだろう。
自分に厳しくするのをやめる
完璧主義者は自分に厳しく他人に甘い。自分も時折誰もがするような失敗をやらかすという事実を受け入れることだ。人の期待どおり生きなくても、人生はなくならない。
適切に批判する人にだけ同意する
批判は頑張って築こうとしている自分イメージを壊すので、痛みが伴う。しかし、心の奥底で愛されたいと願うとき、そのイメージを手放すなら、すべて受け入れた不完全なあなたで、生きられるのだ。
いつも満足させてほしいと期待する人を避ける
正面きって、理由を話せばたいていの人は耳を傾けてくれる。
僕の中にも自分に対するイメージを壊さないようにしていろいろ考えて疲れる点があるのだとわかってほっとした。
そういえば大分前だが、僕の好きなアーティストのアンオフィシャルファンサイトが急に休業になった。管理人に、今まで楽しい時間をありがとう。というようなメールをおくったら、完璧を求めてくる人から、些細なミスを指摘されたのが原因だったというようなメールを頂いた。1日に100人も訪れるときもあるサイトなだけに当人も数少ない情報を探して探して探し疲れてのその一言になにもやる気がなくなったようだった。大事なことに見失わない為に、もうひとつ
「私はみんなを楽しませているか?」と気にかける代わりに、
「人として、今まで自分に忠実だと感じているだろうか」
と自問すればいい。~デューク・ロビンソンの人の目なんか気にしない!よりこの章はかなりいい言葉で一杯でした。チェックした言葉を選んで半分にしたつもりですが、紹介しきれなかったのもあるので、機会を見てまた書けたらいいなと思いました。