3/18~3/30 | フィーリングメッセージ

フィーリングメッセージ

伝えたいメッセージを紹介します

「夢をなくした人は淋しい」とか言うけど、淋しくもなんともないって思いますね、僕は。

人は、日常生活の中で、ありとあらゆることに対して、無意識のうちに自己制限をして生きている。自分にはできないというのは、単なる思い込みにすぎないのである。

意識的に自己肯定・他者否定の人が相手を縛るときには、恩着せがましくなる。無意識では逆に自己無価値観をもっている。意識の上で自己否定・他者肯定の人が相手を縛るときには「あなたさえ幸せならそれでいいの」となる。両方とも罪の意識で縛ることに変わりはない。

子どもを伸びさせるのは、親が子どものしたことに感謝することであり、子どもの心を破壊するのは、親が子どもに恩着せがましくすることである。

想像は知識よりも重要である

一人ひとりの人間の魂ほど大切なものはないこと。それぞれの魂には全宇宙の価値が宿っている。一回ずつこの世に生まれてくるたびに、自分ではわからなくても、少しずつ高いレベルに移行しているのである。そして、一人の魂が少しでも進化すれば、宇宙全体の仕組と動きに影響を与えるのである。一人ひとりの魂は、それほど大きな意味をもっているのである。

自分のペースで進めばいいんだよ。静かに穏やかに進むよう努力してね。その方が結局、早く進歩するんだよ。

ほとんど、大部分の人は”歪められた自我”という一種の病気にかかっているんだな。社会規範であるとか、教会とか教育によって歪められてしまっている自我さ。本当の自我は真理を知っているのだよ。          
自分について考えてごらん。自分で自分に見えない面もあるのだよ。人は毎日、知らない自分のある面を探しているとも言えるだろう。でも、一方自分は安全な場所にいたいわけだ。安全地帯から出て、もっと理解しはじめると、次には今までの自分の理解を越えた世界が広がってくるのだ。

何事についても暗い面に焦点を当てることもできるけれど、もし明るい面に焦点を当てることができたら、人生を変えてしまうことも可能なんですね。

普通の子供は誰でも甘えている。甘えていれば必ず不満は出る。「不満を持つな」と言うことは、「甘えるな」と言うことに等しい。

君の中で発見されるのを待っている幸せと心の平和を、君が少しは感じ始めていたらって願っているんだ。

感覚とか、フィーリングとか、気持ちとかを君が馬鹿にすることもできるってことはわかっているよ。でも、このことをわかるには、感じるより他ないんだよ。つまり科学者だって、何かを証明する時には、必ず、まず何か感じや勘が働かなければ駄目なんだ。

何か好ましくないことが続き、逃げることも戦うこともできなかった場合、低次脳は体の活力を下げ、少しでもエネルギーの消費を防ぐ作戦にうって出る。自分はだめだなと思う気持ちが生じるのは、その作戦を高次脳が正しく受止めたからではないだろうか。本来そういう時には、しばらく休むべきなのである。

サーフィンから学べることの大きさや深さに比べると、僕がそれまで学校や親から教わってきたことは、ほんの小さな世界でしかないことに気がづいた。

自分のやりたいこと、好きなことから、全ては学べる。イヤイヤやっていることからは何も学べない。

自分が感動していれば、脳は自然とそれを覚えてくれるのです。

子供の料理と大人の料理は違う。「尊敬してください」ということは、同じものを作ってくれということではない。大人の料理を作るのと同じような情熱で作ってくれということである。

「自分はこれがしたい」という欲求がないと、相手に「こうあって欲しい」ということが重要になってしまう。

問題の認識こそ、変わるための大きなパワーとなるのですから。

幸福は自分の裏庭にある。

適切なケアとサポートがあれば、かならずそこから脱出できる。脱出に伴って自分の力で自分の人生を切り開くことができるようになるし、それまでは知らなかった喜びを味わうことにもなる。

一番大事なのは、肝心な獲物を捕らえる時のイメージなんだ。獲物のイメージがはっきりしているほど、エネルギーもパワーも沸き上がってくるものさ。

目指すゴールがクリアになってこそ、頑張ることが出来るんだ。ゴールの見えないマラソンは辛い。

自分を励まし励まし頑張っている自分 自身の姿が、僕は最高に好きだし、最高に幸せだ。

細かすぎる物はあえて見ないようにすることによって、構造が見えてくる。

ものに託した夢って、どうにかすれば叶っちゃうからキリがないの。そんな「夢」は、とっても30までもたないのよ。

何が自分にとってひつようなものなのか、見極める目を養う努力をしていかなければ。

ちょっと愛が上だからこそがんばるの

アイディアの批判は、別のアイディアを出すことによってなされるべきだ。

自己否定してしまうと次のエネルギーが湧かないが、「自分に力がなかったのではなく、段取りが悪かっただけだ。」と考えることで、自己肯定を維持したまま改善できる。

人間はあらゆる動物の中で遊びの快楽を知ることにかけては、トップレベルにあると思う。それどころか、遊びによって、環境を変化させていないと、正常な神経活動を保つことができなくなるのである。遊びの要素が失われた仕事には決まりきったルーティーンが多く、段々幻覚的な日常が生じてくる。

とうもろこし1kg生産するのに、水が1t必要なんだそうですね。とうもろこし1粒に換算すると500ccの水が必要になるんです。

力とは孤独を連れてくる。

快が消えれば、不快になるし、不快が薄れれば快を感じる。両者は背中合わせの存在なのである。

自分で自分のことを真剣に考えないで、他に誰が考えてくれるというのかしら。落ち込むために考えるのではなく、HAPPYになるために考えるのだ。

嫌われもの世にはばかる。

話すのは簡単であり、質問するのは難しい。

質問をすると、思考のプロセスが遅くなり、それが気持ちを静める役割を果たす。自分に質問しても、他人に質問しても、同じ効果が得られる。

鼻歌っていうのは、人間は楽しい時にでるものだと思って、ああそうだ、音楽っていうのは、どんな時にもやはり楽しむもので、人を幸せにしてくれるものなんだっていうことに、娘が歌っているのを聴いて気がつくんですね。

他人を征服しなくてはいけないと駆り立てられる人は、自分の中の真理に気づいていないのじゃ。だが、もし心の閉ざされた征服者が自分を知り、自分の内部の意識に気がつけば、征服しようという気はすぐなくなってしまうのだよ。自分がいかに大きいかに気づけば他の人を征服して自分を不滅にする必要がないと悟るのさ。人間の心が多くの次元に広がっていくことを経験すると、人はもっと平和になり、ますます満たされた感じがするのだよ。

他人のことに関心を持たない人間は、苦難の道を歩み、他人に対して多大な迷惑をかけるものだ。人間のあらゆる失敗と不幸は、そのような人間からもたらされる、ということをそなたは知っておくべきだ。

知力は限られている。感覚は限りない力を持つ。自分の心を信じるがよい。本当に自分の奥底にある気持ちを大事にすることだ。人間というものは、基本的には善なのだから、そのよい心というものに、チャンスを与えてやらなくてはな。

冬にわざわざはしゃぐことはない。

誰しも愛を求めている。誰か愛を分かちあう相手を一生を費して探している。なのに、いざ、相手が見つかったとなると、自分をよく見せ続けなければならない心労から、今度は相手から逃げ出したくなるというのは、なんと皮肉なことだろうか。

人間は、新しく何か物事を始めようとしたり、自らを変えようとする時、必ずこの好奇心というものが出てくるものだ。自分しか見えない人間は、何も新しい冒険ができない、ということだ。

「あの、ホントに普通に幸せを感じるって、すごいことだなって最近思います。」

必ずしも直接、中身を注入しなくても、状況設定を段取ることで中身を充実させることができるのだ。そこが段取ることの素晴しさである。

「食欲がないのに食べると健康を害するように、欲求がないのに学習すると記憶を損なう」

いま、という時間に、最優先する価値あることを全力で行おう。

報酬を与える場合でも、自分の思い通りに環境をコントロールできないときには「学習性無力」になることがわかっている。

自分が決めた目標じゃないから伸びない。

ハローベイビー 僕はいつも不思議だね 人は見えるものを欲しがるんだ いずれ自分は消えていくのに

人間の脳は、生理学的に喜びと同時に悲しみの感情は作り出せないようになっている。

常に喜びと微笑みで日々を過ごす人は、その脳の中は、いつでも喜びと幸福の感情が沸き起こっているものである。

達人は、進歩が止まった時期を楽しめる人たち

幸福は、「いいよ、それで」という気持ちがもたらしてくれる。

自分の周囲の人の態度に不満な人は、一度自分は幸福になる才能がないのではないかと反省してみるのことである。幸福の才能は、他人の気持ちを考えれば誰でも持てるものである。

相手の心理が理解できれば、人はそれほど腹が立たないものである。つまり、相手が自分を攻撃して自分を責めているのではないのだということがわかる。

「ファンの方がメールで教えてくださった、100万人が1度聞く音楽より1人の人が100万回聞いてくれる音楽を作りたいと言った、あるアーティストのお話、、、私もそれを目指します。」

生命の貯金とは何か?それは生きていることを感謝する気持ち、生きていること、そのことが喜びになる性格である。

人生の困難はその人の内面から生じている

真実の弓からはなたれた矢も憎悪の弓からはなたれた矢もぐさりとささるのはかわらない。

批判は他人の言うこと。自分のものでないのだから、あまり気にしないで。