公的な相談窓口や、そういうことに詳しい日系人を訪ね、得られた回答に私は落胆するしかありませんでした。
だって、いずれの方法も時間も費用も労力も、かかり過ぎますもの
Aさんの曽祖父母の戸籍には、お二人の結婚、そして娘(Aさんのおじいちゃんの妹)の出生がちゃんと記載されているのに、Aさんのおじいちゃんの名前が全く載っていなくて…
Aさんは、Aさんのおじいちゃんの南米の母国で発行された出生証明書を持っています。
そこには、曽祖父母の名前もちゃんと書かれています。
でも、日本の戸籍にはおじいちゃんは登場していない…
なにそれ
で、おじいちゃんの名前を戸籍に載せてもらうために裁判するの??
それか、南米の母国の日本大使館で当時の記録を辿るの??
あ、ちなみに、日本大使館へ行くと良いと教えてくださった日系人の方は、こんなアドバイスもくださいました。
「こんな煩わしい事をいきなり頼んでも、
大使館の職員は動いてくれないよ。
まずは、大使館に何度も足を運んで、
彼らと仲良くなって…、
うん、そうだね、
そのためには毎回差し入れを
持って行ったりするのがいいね。
そしたら、
最初は門前払いされていても、
最後は
仕方ないなーって
動いてくれるから。
僕の時もそうだったよ
」
えーっっ



落胆した私とは対照的に、当事者のAさんは全く気にしていないようでした。
さすがラテン系✨
超ポジティブ✨
↑偏見ではなく褒め言葉です
Aさんはというと、
「要は法務局へ行けばいいんでしょ?
そこが最終手続き場所!」
それはそうなんだけどね、そこまでの過程はどうするのーーー?!?!
過程が必要ないなら、裁判だとか、大使館の記録を辿れとか、そんな話は出ないでしょうが
でも、Aさんは行動に出たんです!
日本語を話せる友達に通訳を頼んで、法務局へいざ出陣





それから、Aさんは在留期間更新の手続きにも行きました。
留学ビザは諦めて、日本にいる遠縁の家族の介護を理由にさらに3ヶ月延長申請したそうです。
そして、気になる結果は、
法務局 → ❌
在留期間 → ⭕️
まさかの在留期間の延長を勝ち取っていました
法務局の方は、やはり


でもね、あとで知った話、
Aさんのおじいちゃんは日本領事館へ出生の届が出されていなかったらしいんです。
ちゃんと日本領事館に出生届を出したのに、戦争のどさくさで書類が紛れてしまったとか、そういうことではなく…。
Aさんの曽祖父母の意思で、Aさんのおじいちゃんの出生を日本に知らせなかった…。
だから、Aさんは裁判をしろとか大使館へ行けという話を無視して、法務局へ出向いたのですね
それはそうと、なぜ曽祖父母は、おじいちゃんの出生を日本に知らせなかったのか…
なぜなら、おじいちゃんは男の子だから。
おじいちゃんの妹さんは女の子だから出生届を日本領事館に提出したそう。
Aさんのおじいちゃんが生まれた当時は戦争の真っ只中だったので、日本人、しかも男の子の出生を 本国である日本に知らせたくなかったのだそうです。
数年後には本国に兵として召喚されるかもしれないリスク、日本人だからと捕虜に捕られるリスク、とにかくそういうのを避けたかったのだそうです。
私も子を持つ親として気持ちは分かる!
でも、日本にいたら日本人男児には突然赤札が届いたりしたわけじゃない?
ちょっと、ずるくない??
なんて、平和ボケ世代の私は思ってしまったわけですが、当時南米大陸にいた日本人に対するアメリカによる大量虐殺などの記事を読み、色々考えさせられたのでした。
ずるいとか、ずるくないとか、そんな尺度では考えてはいけない気がしました。
多分、何が正義で何が正解だったのかなんて、誰にも推し量れない。
けど、ただひとつ言えるのは、Aさんのおじいちゃんが無事に生き延びたこと、それがすべてだということ。
Aさんと出会って、知らなかった史実を知り、少しだけ世界が広がった気になった私がいたのでした
さてさて、Aさんですが、またまだ彼の話は終わりませんよ!
彼は祖父の戸籍の登録を諦めました。
しかし、彼が日系3世を主張することを諦めたわけではありませんでした。
彼は第二弾の行動にうつったのです