離婚をしたが為に愛情が欠けていると…?

でも 私は幸せだった。
幸せだったから今でも思い出すだけで涙がでる。

貧乏にしか味わえない愛情がある。
母は自分の物は何一つとして買わず すべてを子供に使った
いつも第一に考えてくれた。
この歳になって思うけどお金で何かを与えることより、お金で買えないものを与える方が何倍も大変なんだと思う。
祖母が辛い思いをしないようにとせっせと動く母を見ていてそう感じる。私は何でもお金で考えすぎる。だから母親のようにはなれない。


みんな若い頃は未熟だし二十歳そこらのまだ知識も経験も浅いうちから結婚する時代が間違ってる。
私だって20代前半で結婚してたら、根本から間違えてた。

あのまま父親と暮らしていても私は幸せにはなれていなかった。

自分のことだけ考えて離婚したなんて冗談じゃない。
離婚することは逃げじゃない。
離婚すると言うことは責任など、すべて自分一人で背負って生きてくってことだから。
母は自分を犠牲にして生きてきた。
償いなら十分してもらった。
子供は親の腕にぶら下がっているだけだが、苦労するのは母親自身。
だから世の中には離婚したくても しないことが自分のためになる場合だってある。

私にとって母親を苦しめる男など父親でも何でもない。
父親に恨みなんて一切ないけれど、ただ母を苦しめる者なら必要でないだけ。
暴力だってあったよ。

離婚と引き替えに3人の子を抱えて生きていく不安とプレッシャーは半端なかったと思う。経済面 精神面 孤独。迷ったときも頼る相手はいない。
仕事も家事もすべて一人。捨てるものと同時にそれなりのものを背負い込む人がどうして自分のことしか考えないであろうか。
小さい子供を抱える親たちはちょっとやそっとの事で離婚なんて出来ない。それなりの悲劇を味わってこそ考えればいい。
親権をめぐり揉めても、何が何でも手放さなかった。
離婚前は父親の商売で働き、暮らしていたが それを失い仕事も探さないといけなくなる。
むかしは贅沢だって出来ていた
でも離婚してからというもの,私たちより優先していたものなど何一つない。
貧乏だったおかげで 今までしてきてくれた お誕生日やクリスマス、ひな祭、ささやかであったからこそ その気持ちが胸を締め付ける。車で遊びにも連れて行ってくれた。本来父親の役割である事もすべて母がしてくれた。
何事も手抜きは絶対にしない。いい加減な事が嫌いな母は母親として抜かりなかった。
食事だって毎日毎日思いやりのあるものだった。
愛情は誰にも負けない。
生きてくのに一番大切である私たちの体を気にかけてくれたのも、心から心配してくれるのも、この世で母親だけだった。 私たちが例えどうなってしまおうと その事実は永遠に変わらない。

私は母に愛情を注がれすぎ、私も母が愛しすぎて他人を愛せない。愛と言う言葉は私にとっては母親の代名詞でしかない。