本記事は,酒巻匡『刑事訴訟法』(有斐閣,2015年)の書評です。
本書は,帯のとおり,「刑事手続の諸制度の趣旨・目的とそこから導かれる法解釈論の道筋を丁寧に解説」したものといえるでしょう。本書を熟読すれば,酒巻教授の体系から一貫した理解をすることができるはずです。新旧の法学教室から大幅な加筆がなされ,同連載を熟読していても,新たな発見があります。また,刑訴法改正案への言及があるため,法改正後も本書を利用することができるでしょう。
内容面については,証拠の関連性の整理や,自白法則の根拠論の整理など、伝統的な理解とは異なる部分がありますが、ある程度勉強を進めた人なら、特に理解が難しいことはないと思います。本書には,定義や趣旨がはっきりと書かれているため、受験対策としても使いやすいでしょう。いわゆる論点の解説については,法学教室連載と同様,原理原則から議論が組み立てられているため,本書により十分な理解を得ることができるはずですし,また,証拠排除の申立適格など、マイナーな論点も意外とカバーしています。特に,違法収集証拠排除法則については,証拠排除の基準について詳細な解説がなされているとともに,派生証拠の証拠能力の問題について川出教授の見解が採用されるなど,ここだけでも読む価値があるといえるでしょう。
最近,古江頼隆『事例演習刑事訴訟法[第2版]』(有斐閣,2015年)が,本書とのリファレンスを公表したため,同書と行ったり来たりして学習すると良さそうです。
最後に,司法試験の過去問との関係についてですが,酒巻教授が長く司法試験の考査委員を務めていらっしゃったためか,本書には,司法試験の過去問と同様の事例が具体例として挙げられているなど,司法試験対策にある意味で直結する記載がいくつかなされております。過去問演習の際には,これらの記述がなされている項目の記述にその都度立ち返ってみると,より深い理解を得られるのではないでしょうか。
ご参考までに,私が一読した限りで見つけられた,過去問の事例と直接関係する部分を以下に挙げておきます。他の書籍でも一般的に論じられている抽象的な法解釈に関する部分については,たとえ過去問と関係していても,ここには挙げておりませんのでご容赦ください。
106頁
捜査機関が住居主や管理者の承諾なしに人の住居敷地内に立ち入り,証拠物の探索目的でそこに存在するものを調べる行為の性質について,当該住居敷地に施錠等がなく誰でも立ち入ることができる具体的状況である場合についても言及しつつ論じています(平成22年論文式試験設問1参照)。
117頁
押収物に対する必要な処分として,消去されたデータを復元する措置をなし得るかという点についての記述があります(平成22年論文式試験設問1参照)。
248頁
親告罪の告訴について,インターネット上での名誉毀損という具体例を扱っています(平成23年短答式試験刑事系科目第22問参照)。
287頁,290頁
訴因変更を行う場合が2つの型に分かれることを指摘した上,証拠調べ開始前における訴因変更の要否について言及しています(平成26年論文式試験設問2参照)。
313頁
共謀の有無と訴因変更の要否の問題について,被告人が誰と共謀したかは罪となるべき事実の画定に不可欠な事実であるという指摘があります(平成24年論文式試験設問2参照)。
538頁
いわゆる白鳥事件に関する最高裁判決(最判昭和38・10・17)における,「白鳥はもう殺してもいいやつだな」等の被告人の一連の発言の要証事実について論じていますが,これらの被告人の発言をどのように理解するかという問題は,平成23年論文式試験の,メール①中の甲乙が死体遺棄の手伝いを依頼した部分の要証事実をどのように理解するかという問題と全く同じ構造です(平成23年論文式試験設問2参照)。
580頁
犯行再現状況報告書の要証事実について,「被疑者の供述どおりの方法で自動車を崖から谷底に落下させることが可能であること」が具体例として挙げられています(平成21年論文式試験設問2参照)。