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くまさんぽ

FMとうみというラジオ局でパーソナリティしてます
映画や日本史が得意分野です♪
真田3代戦国歴史検定1級合格しました
ブログは完全趣味ってますヽ(´▽`)/

2017年5月13日㈯

《くまさんぽ》
本日の散歩はこちら→《潜龍院跡》
先週は群馬県にある岩櫃城跡をご紹介しました。
本日は岩櫃城そばにある、潜龍院跡をご紹介♪


大河ドラマ《真田丸》第1話第2話あたりで武田家滅亡が描かれていました。覚えていますか?
勝頼役の平岳大(ひらたけひろ)さん自害のシーンは涙誘いました。
織田軍に攻められ存亡の危機に瀕した武田軍、真田昌幸パパが武田勝頼公に『是非わが岩櫃城にお越しください。そこで再起をはかりましょう』と進言したのに、結局小山田の献策を聞き入れ岩殿城に向かい、裏切られ武田家は滅亡してしまいました。
この時に昌幸パパが勝頼公を迎える為に急いで作った屋敷跡がこの潜龍院跡なんです


最初、龍が潜むなんて主君を迎えるに最高のネーミングって思ったんだけど、これは後に祢津潜龍斉昌月がこの屋敷跡を譲られお寺を建立した事から、この名前がついたそう。
歴史に『もし』は無いんですが、『もし…だったら』と妄想するのが歴史の楽しみの1つでもあります。もしここに勝頼公が来ていたら…ここで織田との戦いになっていたら…
どんな世の中になっていたでしょうね。個人的には武田家は滅亡せず、江戸時代も勝頼公の家系がずっと残って、真田家は1部下として江戸時代を迎えていたんじゃないかと思います。そしたら昌幸、信之、信繁親子の後世に残る活躍もなかったのかな?大河ドラマにもならなかったかな?真田好きとしてはちょっと寂しい結果だったかも…。
みなさんはどう思いますか?
鳥居峠から沼田にむかう真田街道沿いにある郷原駅を左に入り駐車場に車を停めて、看板にそって歩いていくと潜龍院跡があります。ここから岩櫃山に登る登山口もあります。


岩櫃山の真下にあり、ここから山を見上げると圧倒されそうになります。


東西400mあるくらいの広大な平地になっています。北側山寄りの場所に高さ2mほどの石垣も残っています。端の方まで歩いて行ってみると、土塁跡のようなものも残っています。
かなり大きな御屋敷跡です。明治に入り潜龍院は廃寺となるが、護摩堂はそばにある顕徳寺に移築されて残っているそうです。
是非行ってみてくださいね♪


5月13日㈯17時~[attention!]
本日のくまさんぽ…潜龍院跡、ご紹介します。
くまさんぽは田中博文、通称{くま}が毎週いろんな場所に訪れるコーナーです。
2017年も引き続き真田家に関係する場所にattention!してお送りしてます。