ごくありふれた親子の休日、それを普通にできる幸せ。今の時代それはやさしい事ではない。
平凡なことを非凡な気持ちで行う。
この日常が決して壊れないように、自分の一番大切な人を幸せに出来、それを続けられる環境を手に入れること。なぜ、だれの為にそれを行うか?大切な人々を守ること。それが自分の情熱のの源。
今年は例年よりヒマワリを見かけることが多かったように感じる。
ブームなのか?
20年以上前、スペインのマドリードからトレドに移動するジーゼル列車の窓から、見渡す限りのヒマワリ畑を見たことを今でも覚えている。
「そんなにヒマワリを植えてどうするのかな?」と思ったら、現地の友人Fさんの奥さんがポリポリ食べているのが、“柿の種”ではなく“ヒマワリの種”だった。(まるでハム太郎だ)
「そうか、食用なのか!」
燃料にもなるらしい。
咲き誇っていたヒマワリも盛りが過ぎた。下を向き、黄色い花びらが茶色くなってきた。
これを “枯れた”=“終わり” と思うか、一つの役割が済み種が実った “はじまり” と思うか、
どちらともとれる。
初対面の人との会話で1人、2人共通の知人がいて驚くことがあるが、今日は4人、5人、6人と出てきたので驚いた。その他にも共通点が多いと思わず“縁”を感じた。“縁”はあくまで解釈であるが・・。
祖先を30代くらいさかのぼると、平安時代のご先祖様になると思うが、その間に自分の誕生に関わった血縁者は7億人(両親、両親のそれぞれの両親、またその両親のそれぞれの両親・・・)に達するそうだ。日本人はその中でほとんど縁者となるらしい。でも7億人の内、一人でも欠けていたら今の自分がいないのだと考えると、自分が存在すること、家族を持つこと、子孫を残したことなど、全てに奇跡と縁を感じる。
全ての人に価値と存在意義があると思う。絶対に有る!
人間の本心や本性が判るのは、想定外のことが起きた場合、或いは想定内だが最悪に近い状況になった時だと思っている。
何も無い時には、人は素晴らしい理念や信条について語っていても、“その時”が来ると豹変する姿に何度も出くわした。
思っていた通りにことが進まなかったり、長期間のストレス状態に陥ると、
1.相手もしくはストレスの原因に関連した、人、モノ、事象を責めるタイプ
2.自分を責めるタイプ。
3.破壊的、反抗的に振舞うタイプ
4. とにかく回避して、問題自体か遠ざかるタイプ
いろいろだ。
私は、1.2.がケース毎に顔を出すことがある。
今日の会合は想定の範囲だが最悪に近い状況に関する対策に関するものだった。
メンバーの対応は、1.2.3.4.のどれでもなく、素晴らしいと感じた。
意識は変わらなくても、肉体は確実に衰える
今日、土砂降りの中2時間近くいつものメンバーとフットサルに興じた。毎日ボールに触れ、筋力、走力があった10代、月に何度かゲームに出てたら20代前半とは全てが大きく違う。足が出ない、ボールが足につかない、全ての精度が低い。
今日は唯一ヒールキックのシュートだけはイメージ通りかな?
フットサルは、キーパーを含めた5名が、それぞれの役割を自覚し、意思の疎通がないとゴールはできない。
そのスタートは、個人のイメージだ。ボールを持った人の動きに全員が反応し、意思をくみ取りプレーすると、結果に現れる。
2日くらい前から長男に何度か聞かれた。
「上手いの?ルイージってしってる?クッパってさぁー・・・・」
懐かしい名前が次々出てくる。
ソフトを内緒で祖母に買ってもらったらしい。
「男と男のヒミツだよ」
2台のゲームボーイを通信ケーブルをつないで対戦した。
結果は一勝一敗の引き分け。
20年ぶりのスーパーマリオに真剣になった。
正式名『スーパーマリオ・アドバンス3』というらしい。
子供が大きくなったら、一緒にマリオみたいなゲームをやることもあるのかなー
と思っていたら、現実になった。どうも今日は手加減してくれたらしい。
感慨無量。
子供がやりたいことは自由にやらせる。
禁止しても隠れてやる。自分がそうだった。
しかし、時間や回数など約束事はしっかりと守らせる。
これからいろいろなことを経験するだろう。
その中から、大切なこと、正しいことを、判断し、しっかり選択する力を身に付けてほしい。
そしていかなる結果も、自分の責任であることを自覚した青年になってもらいたい。
判断-選択-責任
選択できること、自由であること、
これは喜びであり、同時に重いことでもある。
DVDで「ターミナル」(トム・ハンクス主演、スピルバーグ監督)を観た。
テーマは、
「人は誰でも何かを“待ち続けている”。しかし、時に人はその“何か”を見失ってしまうことがある。彼はそれを見つけるまで待ち続ける、決して待たされるのではなく・・・・」
家族で近くの大型スーパーに出かけた。
妻が買い物をしている間に三人の息子をゲームコーナーで遊ばせた。
その時、来月8歳になる長男の成長に驚いた。ガムを取るゲームでは、出てきたガムを袋に小分けして、弟たちに渡していた。「へーそんなことできるんだ。以前は少しでも自分が遊ぼうと弟そっちのけだったのに。」
袋に入れ終わると、「お父さんありがとう」と言った(ギョ!)
次のゲームでは、途中で弟に替わってあげてやらせてあげていた。「お父さんありがとう」
次のゲームが始まる前に弟たちに「後500円で終わりだよ。いいね。」と説明してくれた。
最後に「お父さんありがとう」(嬉)