(さっき、ネットニュースをシェアする記事を書いたのですが、リンクの貼り付けがうまくいかなくていじくってる間に消してしまいました!わはは!幻の記事をたまたま見たかた、ラッキー?アンラッキー?です笑)
ここ最近書いている、自閉スペクトラム症これまでのまとめシリーズ。
今回は、わたくし、タマゴロウの母親ステップアップの心境の変化についてまとめてみます。
古くからのブロ友ママさんがたはご存じの通り、
ステップアップは不妊治療をしていました。
なかなか子供ができなかったのです。
結婚5年目でようやく授かった最初の妊娠は、流産でした。
そのつぎの妊娠では、12週目に大出血を起こし、緊急入院になりました。
絶対安静、食事とトイレ以外は起き上がってはならない、と厳命された病院のベッドで、
お腹の赤ちゃんに、
お願いだから生き延びて、
お願いだから無事に生まれてきて、
と祈っていたのを思い出します。
お陰さまで持ちこたえてくれ、
帝王切開になりましたが無事に産声を聞いたときは
本当にほっとしました。
生きて生まれてくれて良かったと。
この赤ちゃんが、むすこタマゴロウです。
でも、人間は欲張りですね。
生きて生まれてくれさえすればいい、と思っていたくせに、
こどもが成長すると、そのときの気持ちなんか忘れて、
できないことばっかりが目についてしまう。
そんな心配ごと、気持ちの変化、の記録です。
0歳
生まれたのが2600グラム台だった小柄なタマゴロウは、体が小さいぶん哺乳の力も弱く、なかなか授乳がうまく行かない。
だっこが緊張が強くて、反り返りが凄い。
ほぼ、「きおつけ!」の姿勢。
まぁるい抱っことか無理。
授乳中まったく目が合わない。
不安しかない。
不安になる度に育児書やネット情報を読み漁り、
余計に不安になるという検索沼にはまっていた。
1歳
特定の場所をいやがる等のこだわりが強く、
1度泣き始めると燗が強くてなかなか泣き止まない。
明らかに、よその子供よりも育てにくく手がかかる息子の子育てに疲弊していた。
育休から復帰し働き始めていたので、
仕事は、子育てから逃げられる休息の場だった。
また、保育園で先生方に子供のことを相談できる安心感は大きかった。
検索沼からはまったく抜けられず、
1歳半健診の直前が沼ピークだったと思う(笑)
健診に引っ掛かって自ら発達支援センターにアクセスできた勇気は、今でも褒めてあげたい。(笑)
2歳
ようやく言葉が出だしたが、明らかに周囲より遅く、焦る。
自閉症独特の奇妙な行動をいっぱいしていたので、検索沼で答え合わせをして余計落ち込んでいた。
もう絶対この子なんかある、という疑惑は確信に変わっていて、この時望めばすでに診断はおりてたと思うけど、この時点ではまだ、わたしに覚悟がなかった。
障がいを持つ子供の母親になる覚悟が。
3歳
誕生日を過ぎた頃に、診断を受ける予約をした。もうこの時には覚悟は決まっていて、このころにはネット検索もしなくなっていた。検索してもしょうがない、一般論など見て落ち込んでも意味がない。見なければならないのは、今のむすこ自身だと、そんな当たり前のことがわかるまでに、私は丸3年を要した。でもこの3年は、私にとって必要な期間だったんだと思う。
秋に診断がおりた頃には、もう、ちゃんとわかっていた。まぁ、この時期色々あって本当にしんどかったけど。(笑)
4歳
むすこの登園と療育のことを考えて、まだまだうまく行かないことばかりで悩みは尽きない。障がいを受け入れられたかと言えば、今も迷わず否だ。
でも、2歳ごろまでの、外野の情報を自分で調べて不安になるループからは、抜け出せたんじゃないかな。
不妊治療の病院、入院出産したクリニック、保育園、児発、相談支援、地域の発達支援センター、色々なところに支えられて今の私たち親子があるのだけど、忘れてはならないのがアメブロの存在だ。
不妊治療から今に至るまで、これがなければ乗り越えてこられなかったといっても過言ではない。
リアルな友人にはなかなか打ち明けられない負の感情を、溜め込むこと無く書き綴れる場があった私は、本当に幸運だったと思う。
そして、その負の感情を、受け入れて読んでくださったブロ友さん、フォロワーさんにも本当に感謝している。
この場を借りて御礼申し上げます。
本当にありがとうございます。
まとめシリーズは一旦これで一区切りです。
また、不定期で療育や発達のことを書く記事に戻ります。