ごく大雑把に言うと、バッハの音楽には神の目から見た世界が示されており、モーツァルトの音楽は大自然の一部のようなものです。ベートーヴェンは全人類に向けて語っており、シューベルトの音楽は私たちに天上の世界を見せてくれます。では、シューマンはどうでしょう?シューマンの音楽は、シューマン個人の気持ちや感じたことを伝えてくれますが、それでいて、私たちみんなに語りかけてきます。彼の感情はあまりにも強く、あまりにも真に迫ってくるので、私はよく彼の中に自分自身を見つけ出すことがあるのです。彼が人生で体験したことはすべて、音楽の中にどっと注ぎ込まれているため、彼と直に知り合いになれたような気になります。シューマンは、まるで聴き手を親友のように思い、心の奥にしまってある秘密や、大事にとっておいた夢の話を打ち明けてくれるのです。

 
その理由は、一つには、シューマンの音楽はもっぱら親しい人たちに向けて書かれていたからです。そして、その最も親しい人とは、たいていクララでした。彼の作品は、不意に曲がおしまいになり、そのあとでシューマンの若い頃の曲や、ふたりのお気に入りの作曲家の作品の一節が流れる、という終わり方をするものが多いのですが、それは、クララにならわかってもらえるだろうという個人的なメッセージなのです。
 
それにシューマンは、自分はバッハやモーツァルトのように注文に応じて作曲をしているわけではないし、ベートーヴェンのように最高を極めなければ!と思って音楽を作っているのでもない、という感じです。シューマンは、曲を書かずにいられないから書いたのです。というのも、頭に浮かんだ曲のアイデアがあまりにも強烈なため、五線紙に書き起こさないと頭が爆発してしまうかもしれないからです。
 
シューマンはものすごいスピードで曲を書き上げてしまうことが多く、次はどんな音楽になるか、まるで予測がつきませんでした。はじめは長いピアノ曲をたくさん作っていましたが、クララと結婚した年にとつぜん歌曲に目覚め、その年の終わりまでになんと140曲以上も書き上げます。2年後、今度は室内楽に関心を持つようになり、わずか半年で5つの名曲を作ってしまいました。こういう芸術的才能を持っていると、困るのは、作曲に取り組んでいるときは興奮状態で、どんどん勢いよく仕事をこなすのですが、曲を作り終えるとがっくり落ち込み、無気力で憂鬱になってしまうことでした。
 
シューマンは、彼が一緒にいてくれなかったらたどり着けないような場所へ、私たちを連れて行ってくれます。天国にいるような気分になるほど穏やかで優しい曲もあれば、ここは地獄じゃないかと思えるほど乱暴で恐ろしい曲もあります。そのときにシューマンが見ている夢によって、いろいろな曲が生まれるのです。
 
 
まずは、クララのために作られた、ロマンチックな情熱にあふれる、あの素敵な《ピアノ協奏曲(Piano Concerto)》を聴いてみてはいかがでしょうか。もしくは、あのわくわくするような、ピアノと二つのヴァイオリンとヴィオラとチェロのための曲、《ピアノ五重奏曲(Piano Quintet)》もいいですよ~。
 
あるときシューマンは、「あなたって子供みたいな人ね」とクララに言われました。すると、まもなく彼は、子供をテーマにした曲や子供のための曲を次から次へと作り、この「子供シリーズ」は作曲活動をやめる頃まで続きました。なかでも人気のあるのが、《子供の情景(Kinderszenen)》というピアノ曲集です。〈不思議なお話〉〈鬼ごっこ〉〈夢〉といった、子供にまつわる可愛らしいイメージが、手品のように次々と繰り出されます。
 
ほかには、《謝肉祭(Carnaval)》や、《クライスレリアーナ(Kreisleriana)》といったもっと長いピアノ曲もあって、そこには、愛の詩や人物描写、一風変わった冗談、そして喜びの混ざった悲しみなどが表現されています。シューマンの後にも先にも、そんな音楽はありません。
 
四つの交響曲もすばらしいです。第1番《春》か、第3番《ライン》から聴いてみてはどうでしょうか。どちらもうっとりするような気持ちのいい曲です。
 
また、歌曲は、詩と音楽を合わせたものであることから、まさにシューマンにぴったりでした。ぜひ、《詩人の恋(Dichterliebe)》か、《リーダークライス(Liederkreis)》を、歌詞を確かめながら聴いてみてください。どちらもあふれんばかりの魅力があり、情緒と情景の織りなす世界が完璧なかたちで描かれています。
 
ほかにも、《チェロ協奏曲(Cello Concerto)》や、《ピアノ三重奏曲 第1番(Piano Trio No. 1)》など、個性的ですばらしい曲がたくさんあります。もし、悲しい気分になってみたいときは、シューマンの遺作である、《主題と変奏 変ホ長調(Geistervariationen)》を聴いてみてください。「天使の主題による変奏曲」と呼ばれることが多いこの静かなピアノ曲は、彼がこの世に告げた、気高い別れの言葉です。
 
シューマンが年をとって人と打ち解けなくなるにつれ、彼の音楽もやはりなじみにくいものになっていきました。しかし、後期の作品は決して退屈なものではありません。当時のシューマンは、いわば、誰も通ろうとしないような小道をあちこち歩き回っているようなもので、彼のあとをついて行くかどうかは、私たち次第なのです。彼について進んで行けば、どんな場所よりも美しい景色に出会えます。それは、ほかとは全く違った景色なのです。たしかに後期の彼の音楽を味わうには多少努力がいりますが、そうするだけのかいはあるはずです。
 
シューマンの音楽を聴いていただければ、彼の心に直に触れることができるかと思います。そしてそれは、とってもすばらしい心なのです!