物事を締めくくること 決着をつけることを けりをつける という。
これは
和歌 俳句で 最後に 「~なりけり」 で終わることから けりをつける になっています。
物事を締めくくること 決着をつけることを けりをつける という。
これは
和歌 俳句で 最後に 「~なりけり」 で終わることから けりをつける になっています。
実際の数をごまかすことを 鯖を読む と言います。
これは魚市場で鯖を早口で数えながら箱に投げ込むことから、
そのような数え方は実際の数と会うことがない、つまりいい加減に数えることを
鯖を読むと言うことになったとのこと。
つまり嘘ということになりますが、
この嘘の語源も、定かではないそうです。
似た言葉で
嘯く:うそぶく
という言葉があり、
これはとぼけて知らないふりをする、強がって大法螺を吹くことですが、
このウソは嘘ではなく、口笛のこと。
のび太が、ママに呼ばれて、素知らぬふりをする際に、
口笛を吹いてごまかすことがありますが、まさに これが「嘯く」。
双葉山が70連勝を飾れずに、敗れたときに友人に送った電報の言葉だそうです。
負けたのは1月15日。
モッケイとは 木鶏 で、荘子の故事からくる言葉で、木彫りの鶏のように全く動じない闘鶏における最強の状態をさす という意味があります。
先日、幕内最多勝を飾った 魁皇はモッケイ足りえたのでしょうか。
ところで 相撲 というのは
スマフ (争ふ)から生じた言葉とのこと。
負けまいとして抵抗する という 動詞のスマフが名詞としてスモウになったとか。
また スマヒ という言葉が、10世紀初頭に著された『倭名類聚鈔(和名抄)』に“須末比(スマヒ)”と記述があるそうです。
須は ひげ(あごひげ) という意味があり(左がひげで右が頭で あたまのひげで あごひげ)
末 は木に横棒を付け加えた字なので、梢 で末端を意味意味します。
ということで、あごひげの末端を比べるほどに顔を突き合わせる競技なので 須末比 というので スマヒにこの漢字をあてたのではないかと思っています。
相撲の撲は手編、そしてつくりはギザギザというイメージの符号→荒々しい→粗野 という意味があるので、荒々しく打ちということになります。
なので打撲。
改めて考えると、互いに荒々しく打ち合う(グーではなく パー。張り手。) のが 相撲本来の意味。
すもう は ボクシングとおなじだったのですね。
ただし 須末比 でひげではちょっと。。。。。ということで
今でいうブランドイメージをチェンジで
相撲としたのではないかと。
亀という字は 亀の象形文字。
中国に4神という言葉があり
亀と蛇の合体版が、玄武。
4神は
青龍(せいりゅう)、白虎(びゃっこ)、朱雀(すざく)、玄武 となります。
玄武は担当で、水神ともみなされているそう。
玄武といえば 、昔 理科で岩の種類で玄武岩というのを思いだします。
でこの玄武岩の由来が玄武洞(兵庫県豊岡市)。
玄武洞公園というのがあって、そこには
先の4神になぞらえた、
玄武洞、
青龍洞、
白虎洞、
南朱雀洞、
北朱雀洞
の5つの洞があるそうです。
いずれも名前をつけたのがなるほどと思えるほどの迫力です↓
http://www.vzhyogo.com/vzevent/zatugaku/genbudo/genbudo2003.html
玄武洞の名は江戸時代の文化4年(1807)
幕府の儒官、柴野栗山によって
この岩肌の模様から玄武を連想し、
玄武洞と命名し
そして岩の方は明治17年(1884)
岩石の日本名を定めるとき、
東京大学の小藤文次郎博士が
この玄武洞の名を用いて玄武岩と命名したそうです。
玄という字は、
糸がぶら下がってユラユラとちらついてはっきり見えない→暗い→黒い
武という字は
戈(ほこ)という武器と足という字の組み合わせで、武器を持って勇み立っている姿ということです。
今日は冷え込んで
が降りそうです。
この雪という字は
雨 に 彗 (彗星の彗)の 省略形で 彗は ほうき、掃き清める ということを意味することで、汚れを掃き清めたように白い雪となるそうです。
雨空の下でほうきを使って掃くのは必要があるのは 雪ということでしょう。
なお彗は、細い穂先を集めた会意文字とのこと。
今年の干支の 
虎 という字は、トラの姿の図 がもとになっているらしい。つまり 象形文字だそうです。
一方
寅は、矢を両手でまっすぐにのばしている図形からで こちらは会意文字だそうです。
意味は 十二支の三番目 ということで のちに 十二支を覚えやすくするために虎 があてがわれたようです。
なので トラ年はあくまで寅年であって 虎年ではないのです。