前回の「Tシャツが乾くまで」で樹生が友人の結婚式で発した言葉が結構びっくりだった
ここ数年、結婚式に参列していないので今も「お約束」としてあるのかは不明だけど
子供から親への感謝の手紙というものが式後半のビックイベントとして恒例だった。
とはいっても、ワタシ自身もそのイベントはスルーした身なんだけど・・・
自分が招待客として呼ばれた際に、友人たちが読み上げる手紙に不快感を感じたことは
一度もない。
なので、今回のドラマの樹生とさっちゃんはびっくりした。
ただ少しほっとした気持ちになったのも事実
親が好きじゃないという発言を公にするのは、なんだかとても大人気なく、タブーだと思ってた
現に仲の良い友人達に、その手の話をオブラートに包んで話しても、あまり理解されない節がある。
自分の親を毒親と思って大人になったわけじゃない。ただ、円満家庭でもなかったには事実。
暴力的というと語弊があるかもだけど、手を挙げられる事は無かったものの、
怒鳴る・物に当たる・子育てにはよほど気分の乗った時にしか参加しない。
父親が帰宅して階段を登るその音で彼の機嫌の良し悪しが分かる。
その音に、ほっとしたり、息を潜めたり。。。
母親は、同居していた舅・姑・夫に対する愚痴を娘に話すことで鬱憤を晴らしてたんだと思う。
子供の私は反抗するでもなく本心から同情してそれを聞いていた
母をいじめる、悲しませる彼らの事が本当に嫌いだった。
ただ、大嫌いだった祖父が亡くなった時、久しぶりに会う祖父は生きている時では想像できなかった優しく安らかな死顔を見て、昔の自分がおじいちゃん子だった事を思い出した。
毎朝、おじいちゃんの布団に自ら入りに行っていたことを思い出した。
私が本を読むのが好きなのは、昔おじいちゃんがたくさん本をプレゼントしてくれたからだって事を。
なんで私はあんなにも祖父と関係が悪くなったんだろう。。。
関わることを拒否するようになったんだろう
ある時、あんなに父親の事を嫌ってた母が、父親を庇う発言をしたことがあった。
その時、私はなんとも言えない嫌悪を感じてしまった。
「あ、私の祖父母や父への嫌悪感を増長させてたのは、この人なんだ」と強く思ってしまったのだ。
母の愚痴がなくとも私は彼らを嫌いになってたかもしれない(父に関しては関係ないのかも)
でも、、、、と思わずには入れなかった
それからは、私の目が覚めたのかびっくりするぐらい母親の嫌なところが目につくようになってしまった。
ご飯に連れて行っても何かしら不満を口にする。
例えば、お店まで歩いてると「結構遠いのね」
料理が出てきたら「意外に味が薄い・濃いわ」「こんなボリューム食べれないわ」などなど
普段行かなさそうな、お店を探して連れて行ってるので、喜んでもらえるかな?というこちらの気持ちを一瞬で打ち消してしまう。
あとはずっと最近あった嫌だった話を延々聞かされる。。
大人になって気づいたけど、いつから自分の話を母親にしてないんだろう。。
うわー、すごくダラダラと書いてしまった。怖っ!
話を戻して、、ドラマね、ドラマ。
私が知らないだけかもだけど、大人になった子供達がここまではっきりと、自分の親が苦手だと
表に出してるドラマってあまり記憶にないので、とても続きが楽しみ。
でも確実に言えるのは、親の影響ってやっぱり強力なんだなぁってこと。
まぁ親がいなくて立派に大人になってる人もいるわけだから、子供の時の環境ってことなのかな。
普通に生きて、仕事もして、側から見たら立派に自立してる人も、その時の影響をいまだに引きずってる。
難しいなー。