世の中に、マザーテレサのような人々が増えていったら、と想像することがあります。
マザーテレサの言葉は単純で、明快です。
「恵まれない人々にとって必要なのは多くの場合、金や物ではない。世の中で誰かに必要とされているという意識なのです。見捨てられて死を待つだけの人々に対し、自分のことを気にかけてくれた人間もいたと実感させることこそが、愛を教えることなのです。」と。
この言葉を読んだとき、なぜ、モンゴルの『太陽の子どもたち』孤児院の子どもたちが、自分という存在に誇りを持ち、その後の自分の人生をしっかりと歩むことが出来たのか~理解できました。
愛する、愛される・・・私たちは愛されることを切望します。他の人に微笑まれると嬉しい~。声をかけられると嬉しい、友情でハグされると幸せな気分になり、優しい励ましの言葉で心あたたまり、やる気になります。病気だって治ってしまうかもしれません。
自分を気にかけてくれる人がいる・・・その実感が愛を教えることなのですね。
たったこれだけのことで、人助けが出来る。このことを知らしめるマザーの言葉は貴重です。
憎しみのあるところには愛を。不当な扱いのあるところには許しを。
分裂のあるところには一致を。疑惑のあるところには信仰を。
誤っているところには真理を。絶望のあるところには希望を。暗闇には光を。
悲しみのあるところには喜びをもっていくことができますように。
慰められることを求めるよりは慰めることを。
理解されるよりは理解することを。
愛されることよりは愛することを求める心をお与えください。
わたしたちは自分を忘れ去ることによって自分を見出し
許すことによって許され、死ぬことによって永遠の命をいただくのですから。
イラク戦争の時、激戦地区の向こう側にある病院に収容されているハンディキャップのある子どもたちを救出する過程をテレビでみました。不可能、と誰もが思い救出を諦めていました。ところがマザーは諦めませんでした。すぐさまそこの地区を一時停戦を双方に呼びかけ、説得。わずかな時間しか与えられていなかったにもかかわらず、そこにいた大勢の子どもたちは無事に救出されました。
人の心を信じているからこそ、の行為だし、自分の命を顧みない勇敢な行為ですが、マザーにとっては当たり前の行為だったのですね。
マザーテレサは亡くなった後に、バチカンによって、聖人として認められました。
でも、私はマザーが、一人の人間として、ここまでの高みになれた人、として考えるのです。
私たちはどの人も何かの役に立ちたい、誰かの役に立ちたいという願望を常に心に秘めているでしょう?
そんな願望を芽吹かせ、人類の可能性を広げた偉大で、素晴らしい先達として、マザーテレサを敬愛しています^^
