日付は変わってしまいましたが、8月15日は終戦記念日でしたね。
今日は朝から、小泉首相が終戦記念日に靖国神社を参拝したと大騒ぎでした。
終戦記念日、その事実は知っていても、私の戦争の知識は、本当に浅い。
学校の授業で教わったものと、テレビの特別番組とかでたまに見るくらい。
特別番組のドラマとかも、見るのがつらくて全部見れなかったり・・・
小説や本などもすすんで読むことはありませんでした。
小泉首相になり、毎年靖国参拝の問題でメディアがわいわいやっていても、
たかが参拝くらいでなんでこんなに騒いでいるんだろう?と思ってた。
私は、戦争で亡くなった方を参拝することは悪いことだとは思わない。
そのことで、中国や韓国がどうしてあんなに反発するのか、
なんで過去を蒸し返して関係を悪化させないといけないのか、と思う。
でも、それは正確な事実を知らない人の客観的な意見であると思う。
でも事実を正確に知っっても、当事者ではないから、どういう意見になるのかわからない。
これからの時代は、当事者であった人がどんどんいなくなり、思想だけが残っていってしまうのかもしれない。
今日、新聞を読んで得た知識は、
『靖国神社は基本的に兵士の死者だけを祀る社である』ということ。
『戦没者』とは辞書によると「戦場で死んだ人」であるということ。
8月15日は戦争で亡くなった人、兵士だけではなく、原爆・空爆、飢餓、など
戦争にかかわり犠牲となった人すべてを悼み、二度と戦争を起こさないことを誓うものだと思っていた。
総理の靖国参拝もそういった意味だと思っていた。
でも、靖国神社は兵士の死者だけを祀る神社だった。
死者を選別して祀っている。
そういった事実を知って考えてみると、確かに真の意味での戦争犠牲者を追悼しているとは考えにくい。
むしろ、追悼よりも、政治的な駆け引きが裏でいろいろあるように見えてくる。
メディアもそういうことばかりに焦点を当てるのではなく、もっと歴史的な報道をして欲しい。
この8月15日という日は、韓国では35年間の日本による統治から開放された日でもある。
そういった日に、今を生きる人間が反発しあったり、現在の国内外の情勢の悪化を考えるのではなく、
本当に戦争を2度と起こしてはいけないと、日本も中国も韓国もみんな思わないと
8月15日という日がある意味がなくなっちゃうんだな。と感じました。
結局のところ、私の知識はそれほど増えてはいなく、
所詮、戦争を知らない若者のたわごとですが、
そんな若者が平和について考えるきっかけになった8月15日という日でした。
今日は朝から、小泉首相が終戦記念日に靖国神社を参拝したと大騒ぎでした。
終戦記念日、その事実は知っていても、私の戦争の知識は、本当に浅い。
学校の授業で教わったものと、テレビの特別番組とかでたまに見るくらい。
特別番組のドラマとかも、見るのがつらくて全部見れなかったり・・・
小説や本などもすすんで読むことはありませんでした。
小泉首相になり、毎年靖国参拝の問題でメディアがわいわいやっていても、
たかが参拝くらいでなんでこんなに騒いでいるんだろう?と思ってた。
私は、戦争で亡くなった方を参拝することは悪いことだとは思わない。
そのことで、中国や韓国がどうしてあんなに反発するのか、
なんで過去を蒸し返して関係を悪化させないといけないのか、と思う。
でも、それは正確な事実を知らない人の客観的な意見であると思う。
でも事実を正確に知っっても、当事者ではないから、どういう意見になるのかわからない。
これからの時代は、当事者であった人がどんどんいなくなり、思想だけが残っていってしまうのかもしれない。
今日、新聞を読んで得た知識は、
『靖国神社は基本的に兵士の死者だけを祀る社である』ということ。
『戦没者』とは辞書によると「戦場で死んだ人」であるということ。
8月15日は戦争で亡くなった人、兵士だけではなく、原爆・空爆、飢餓、など
戦争にかかわり犠牲となった人すべてを悼み、二度と戦争を起こさないことを誓うものだと思っていた。
総理の靖国参拝もそういった意味だと思っていた。
でも、靖国神社は兵士の死者だけを祀る神社だった。
死者を選別して祀っている。
そういった事実を知って考えてみると、確かに真の意味での戦争犠牲者を追悼しているとは考えにくい。
むしろ、追悼よりも、政治的な駆け引きが裏でいろいろあるように見えてくる。
メディアもそういうことばかりに焦点を当てるのではなく、もっと歴史的な報道をして欲しい。
この8月15日という日は、韓国では35年間の日本による統治から開放された日でもある。
そういった日に、今を生きる人間が反発しあったり、現在の国内外の情勢の悪化を考えるのではなく、
本当に戦争を2度と起こしてはいけないと、日本も中国も韓国もみんな思わないと
8月15日という日がある意味がなくなっちゃうんだな。と感じました。
結局のところ、私の知識はそれほど増えてはいなく、
所詮、戦争を知らない若者のたわごとですが、
そんな若者が平和について考えるきっかけになった8月15日という日でした。