愛知県名古屋市に覚王山(かくおうざん)という場所があります。覚王山日泰寺(にったいじ)という名前のお寺を中心として広がる地域です。地下鉄の東山線に乗れば、名古屋駅から覚王山まで、14分ぐらいです。
ネットでは、東京で言うと九品仏や元麻布、関西で言うとすれば夙川・芦屋川といった雰囲気の街だと評価されています。この覚王山は、名古屋市内でも有数の高級住宅街として知られており、名古屋の「住みたい街ランキング」でも常に上位に位置しています。
さて、この覚王山に、「覚王山フルーツ大福 弁才天」(べんざいてん)という大福餅屋さんがあります。
このお店のインスタグラムには、次のように、商品の特徴が記されています。
「手包みによる薄皮薄餡の黄金比」
「フルーツよりフルーツを感じるフルーツ大福」
この大福には、フルーツのおいしさを引き出す求肥(ぎゅうひ)と白あんの黄金律が反映されているそうです。ちなみに、求肥(ぎゅうひ)とは、和菓子の材料のひとつで、白玉粉または餅粉に砂糖や水飴を加えて練り上げたもののことを言います。
ちなみに、フルーツ大福やイチゴ大福は、「アイデアの発想術」の好例としてよく言及されます。
アメリカ人の実業家・ジェームズ・ヤングが書いた『アイデアの作り方』という有名な本があります。企業で、商品開発やマーケティングを担当している人間にとってのバイブル的な著作だといっても過言ではありません。
その本の中で、ジェームズ・ヤングは、「アイデアとは既存の要素の新しい組み合わせ以外の何ものでもない」と主張しています。
彼の考えを公式化すれば、次のようになります。
公式: 既存のアイデア「A」+ 既存のアイデア「B」= 新しいアイデア「C」
この公式に当てはまるヒット作を並べてみましょう。
「大福』+「フルーツ」= フルーツ大福
携帯電話 + iPod + カメラ = iPhone
ドーナツ + あんこ = あんドーナツ
カレーライス + とんかつ = カツカレー
ガールズアイドル + ヘビメタ = BABYMETAL(ベビーメタル)
「新しいもの」は、ゼロから作り出すのではなく、既存のモノを組み合わせて作り出す。このことを理解しておくことが、とても重要です。
話をもとに戻しましょう。
大きなフルーツをイチゴなら丸ごと一個くるんだ大福は、果物本来の風味を邪魔しない味や「萌え断」で有名です。(「Official髭男dism」のファンは、ニックネームの「ヒゲダン」のサウンドに近いので、勘違いするかもしれません)
「萌え断」とは、サンドイッチ、スイーツ、おにぎりなどの断面画像をSNSにアップし、ボリューム感や美しさ・可愛らしさをアピールした画像に、閲覧者が食欲をそそられる状態を示す言葉です。
ここの大福には、「専用の餅切り糸」がついています。なぜなら、顧客が、大福を糸でカットし、「美しい断面」を自ら発見することを楽しんでもらうように配慮されているのです。
大福の値段は、1個あたり、400円から1,000円ぐらいの高級大福です。王道の「いちご大福」や「ジューシーなみかん大福」が人気だそうです。
このフルーツ大福では、「モノ消費」と「コト消費」(体験を提供)を同時に味わえるということですね。
ファッションモデルの山田優さんが、「撮影現場に差し入れしてもらったら嬉しいフルーツ」ということで、ファッションサイト「GINGERWEB」にコメントと寄せています。
「大きなフルーツの入った断面が美しい『断萌え』なビジュアル! 国産フルーツの甘さが最高です」(山田優さん)
旦那さんの小栗旬さんも、この大福を食べていると推測できます。
どこかの会社に営業で訪問するときなど、インパクトを狙ってお土産でもっていくのに適しているかもしれません。あるいは、頑張った自分にご褒美として、2個ぐらいを買って、家でゆっくり食べるのもいいかもしれません。
この「覚王山フルーツ大福 弁才天」の経営者が、大野淳平(おおの じゅんぺい)氏です。その大野氏は、実は古着屋「シープ ヴィンテージ(SHEEP VINTAGE)」も経営しているそうです。
大野社長は、1988年、愛知県名古屋市生まれで、明治大学を卒業しました。その後、ご友人の父親の会社に入社しましたが、残念なことに社長との折り合いが悪くて退職したそうです。
でも、それにくじけず、その後、広告代理店に就職。そこでの配属先は営業制作。主なクライアントは飲食店でした。集客のためのPR戦略を提案して、ウェブ広告を制作するのが主な業務で、このとき、大野氏は、いわゆる「水を得た魚」のように、わずか半年で全国に1,000人いた営業の中でトップセールスとなったそうです。
もちろん、そのときの知見が、今のフルーツ大福に生かされていることは想像に難くありません。
「人間万事塞翁が馬」という格言があります。「人生において、何がよくて何が悪いのか、後になってみないとわからない」という意味ですが、大野社長の人生は、この格言を「地でいく」といってもいいかもしれません。
その後、PR業でフリーランスとして活動し、クライアントワークの傍ら、古着や立ち飲みなど趣味を仕事に店を作っていった結果、現在の「フルーツ大福」事業に辿り着いたとのこと。
そうした経歴も関係しているのでしょうか、「WWD」(Women's Wear Daily/ウィメンズ・ウェア・デイリー)という最新ファッション情報サイトにも大野社長の取材記事が掲載されています。
このフルーツ大福「弁才天」は、「フランチャイズ」ではなく「暖簾分け」制度を導入していて、2019年10月の1号店オープンからわずか2年半で全国に70余店を展開しました。
「暖簾分け」の費用が気になりますね。それに関連して、東洋経済Online(永谷正樹「名古屋発『フルーツ大福弁才天』驚きの誕生秘話」2021 年2月6日)に大野社長の次のようなコメントが掲載されています。
「・・・加盟金や研修費などの権利金だけで1000万円以上かかります。さらに店舗の設計や建設なども含めると総額2500万円くらいの投資が必要になります。資金だけではなく、みっちりと2カ月間、研修という形でスタッフと同じ仕事をしてもらいます。そこで認められなければのれん分けはできません。実際、70件くらい応募があって、のれん分けしたのは、わずか10件でした」
大野社長の夢は、パリジェンヌを、彼のフルーツ大福で唸らせることだそうです。
東洋経済Onlineの同じ記事の中で、大野社長は次のように、その夢を語っています。
「すでに香港や台湾、シンガポールからのれん分けの話をいただいていますが、ゆくゆくはパリやミラノ、ニューヨークなど世界のカルチャーの発信地で勝負したいという気持ちはあります。シャンゼリゼ通りでパリジェンヌがフルーツ大福を食べていたらと考えただけでワクワクします。ラーメンや寿司が世界中で食べられているにもかかわらず、和菓子が今ひとつなのは、豆を炊いたあんこを押し付けようとしているからではないでしょうか? フルーツを食べる習慣がある海外では、薄皮薄あんのフルーツ大福なら勝算があると思います」(永谷(2021))
そういえば、2025年に、「大阪・関西万博」が開催されますが、「覚王山フルーツ大福 弁才天」の大福が、販売され、世界の人々にアピールできたらいいな〜、となんとなく考えました。
フルーツ大福が、世界の人々に日本の「ソフトパワー」(文化力)として認知される日も遠くないのではないかと思います。