ほんとうに泣ける! Uruの奇蹟の歌声。聞いた瞬間に、涙が頬をつたう | Pepmalibuのブログ

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2018年3月4日(日曜日)、「奇蹟の歌声」を聴きにいった。

 

Uruのワンマンライブだ。

Uru オフィシャルサイト

 

場所は、東京の三軒茶屋、昭和女子大学人見記念講堂。

 

ライブのタイトルは、「monochrome~吹き沁む頬に熱いザフサス~」。

 

日曜日の大学キャンパスの夕方はとても静かだった。だが、その静寂のなかの人見記念講堂の前には、午後5時からの入場を待つ人の列が伸びていた。

 

2階席だったが、30分前に入場し早めに着席した。驚いたのは、舞台が白いベールのような薄い透明の布に包まれていたことだ。「オーガンジー」と呼ぶそうだ。舞台全体が、どこかの教会のチャペルを想像させた。

 

演出として、Uruが歌っているとき、映像がそのオーガンジーにプロジェクションマッピングとして映しだされた。Uruは、そのオーガンジーの中に入ったままで歌い続けた。ファンは、透明の薄い幕を通して、Uruの姿を見るという仕掛けだ。

 

あとで気がついたが、白く透き通った幕は、Uruの歌声を表現したものだったのではないか。そして、その幕の中で歌うのは、直接的な情報の公開を控え、ファンのイマジネーションを掻き立てる、ある種のティザー戦略であったのではないかとも。

 

ライブの最初で、タイトルの中にある「吹き沁む頬に熱いザフサス」は、アルバムの収録曲14曲の頭文字をランダムに組み合わせた言葉で、特に意味はない、とUruが教えてくれた。

 

伊坂幸太郎氏や東野圭吾氏が、この言葉のトリックを聞いたら、たぶん感心するだろう。

 

特に、最後の『ザフサス』は、当てはまる言葉がなく、そのまま使ったようだ。ファンが、ググっても(Google検索)、その意味がわからないはずである。会場が笑いに包まれた。

 

 

Uruの奇蹟の歌声の特徴をいくつかあげよう。

 

「透き通った」「限りなく心地よい」「悲しい」「哀愁」「低音部のささやき」「パワフルの高音部」「f分の1のゆらぎ」「泣ける」

 

このライブで、Uruの歌声を聴きながら、オーガンジーに映し出される映像を見ていると、自分が映画館にいて、いわゆる「泣ける映画」を見ているかのような錯覚に陥った。

 

念願だった、Uruの楽曲のなかでも好きな3曲を生で聴くことができた。デジタル配信やYouTubeで聴く以上に強力に心に響いた。

 

ドラマ『コウノドリ』のテーマ曲「奇蹟」

(会場の入り口に、綾野剛氏からのお祝いの花が飾られていた)

 

渡辺謙氏主演のドラマ主題歌「娘よ」

(筆者がUruの存在を知るきっかけとなったもの)

 

そして、『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』第2期のエンディングテーマソング「フリージア」(そういえば、会場のなかに、ガンダムファンらしきファンも少なくないという印象を持った)

 

これら3曲にくわえ、今回の楽曲で一番感動したのが「アリアケノツキ」だった。

 

歌う前に、彼女は、幼いときに父が先立ったことを告白した。Uruの父(そして夫)への切ない思いを綴った彼女の母の日記を曲にしたものだという。

 

母の日記がもとになって生まれた歌であることは間違いない。だが、この曲は、Uruからの亡き父へのメッセージであることは明らかだ。

 

Uruは、「大切な人がずっと存在する保証はなくて、だからこそ今の存在がはかなく尊い」というメッセージを優しくて切ない声でファンに語った。その瞬間に、多くのファンが、その手を目頭や頬に動かす様子が見られた。筆者の目からも涙がこぼれ落ちた。

 

 

アンコールを含む2時間30分のライブが終わろうとしているときに、もう1時間、いやもっと、Uruの歌声を聴きたいと思った。

 

 

このブログの最初に、「奇蹟の歌声をもつUru」と述べた。

 

しかし、彼女がメジャーデビューしてくれたことこそが、奇蹟なのではないかと、あらためて考えた。

 

彼女の天賦の才能と努力、そしてその奇蹟を思い、心がとても暖かくなった。