今回の英文
(1)
Digital media, communications and computer technologies are becoming part of the environment in which we conduct our lives.
出典:中原道喜 『基礎英文問題精講 3訂版』
一見何の変哲もない英文ですが、皆さんはこの下線部をどのように解釈しますか?
疑問点と考察
まず、この英文に対して与えられている和訳は次のようになっていました。
(2)
デジタルメディアと, 情報通信と, コンピュータ技術は, われわれが生活する環境の一部になりつつある。
出典:同上
この(2)の和訳では、Digital media と communications と computer technologies が並列されていると考えているわけです。たしかに、一般的にはこのパターンで書かれていることが非常に多いと思いますが、今回の英文も果たしてこの解釈でよいのでしょうか。
ここで英文のテーマはどうなっているのか見てみます。以下の(3)は(1)の直後にある文章です。
(3)
In the decades to come, genetic technologies may well migrate into our bodies. Technological advance can make us feel triumphant and terrified, hopeful and alarmed in quick succession. It is perhaps because our lives are so enriched by technology that we worry about becoming dependent upon it, doubt its promises and fear the future it might create for us.
これから何十年かのあいだに, 遺伝子技術はおそらくわれわれの体内に入り込んでくるだろう。科学技術の進歩は, われわれに高揚とともに恐怖を, 希望とともに警戒心を, こもごもに感じさせることがある。それはたぶん, われわれの人生が科学技術のおかげで極めて豊かになったので, われわれがそれに依存するようになることを懸念し, その約束を疑い, それがわれわれのために作り出すかもしれない未来を恐れるからなのである。
出典:同上
ここを読んだだけでも、「科学技術全体の進歩(とそれに伴う不安)」がテーマであることがうかがい知れます。この文脈を踏まえると、Digital media と communications はあくまで technology の一例として挙げられているだけであって、それぞれの個別具体的な話をしているわけではない、と考えるのが自然ではないでしょうか(genetic technologies も同様です)。
もしそうだとすれば、(1)において and が本来並列させているのは Digital media technologies と communications technologies と computer technologies の3つであり、共通する technologies が前2つにおいて省かれているとみるべきでしょう。あるいは Digital media と communications と computer の3つが並列されていて、それら3つが technologies にかかっていると見なしても同じです。
つまり、A = Digital media、 B = communications、 C = computer、 Y= technologies とすると、(1)の主語は見かけ上は以下の左辺の形をしているが、意味上は右辺の形になっていると考えることができます。
(A+B+C)Y = AY+BY+CY
以上から、(1)の和訳は「デジタルメディア技術、情報通信技術、およびコンピュータ技術は、わたしたちが生活する環境の一部になりつつある」のようにした方が適切と思われます。
補足1: 複合名詞の並列の例
以下のリンク先のタイトルでは Communications & Computer Technology となっていますが、これは文中にあるCommunications Technology と Computer Technology をまとめた表現です。受験参考書などでは、こういったパターンの英文を「共通関係」といったりしますね。
今回の(1)の英文はこの例よりも並列されているものが1つ増えただけといえます。
また、複合名詞の前半にある名詞は boat race のように単数形であることが多い印象ですが、今回出てきた communications technology のような複数形の名詞がくる例は実際には珍しくはないようです。ほかに、benefits package 「福利厚生」や teachers college 「教員養成大学」などもこれに当たりますね。
補足2: 英文の元ネタ
もし英文のテーマを判断するのに(3)だけでは足りないと思われた場合には、以下のリンクを参照してみてください。というのも、今回の英文は以下のリンクにある英文をかなり端折ったものと思われるからです。
余談ですが、『基礎英文問題精講』には英文の出典が名古屋大と記載されているので、元ネタを改変したのは名大でしょうね。
補足3: (1)の解釈可能性のまとめ
(1)の主語は、構造だけに着目すると複数の解釈ができると思われます。構造上の解釈としてありえそうなものを以下にまとめておきます。
【パターン1】
A = Digital media、 B = communications、 C = computer technologies とすると、
(A+B+C)
の構造になっているという解釈。今回は文脈からこのパターンではないと判断しました。
【パターン2】
A = Digital media、 B = communications、 C = computer、 Y= technologies とすると、
(A+B+C)Y = AY+BY+CY
の構造になっているという解釈。今回の考察ではこの見方を採用しました。
【パターン3】
X= Digital media、 B = communications、 C = computer、 Y= technologies とすると、
X, (B+C)Y = X+BY+CY
という解釈。これはカンマがandの代わりになっていて、後半の2つのみが technologies の共通関係になっているという見方です。
省略がよく行われる英字新聞やくだけた口語英文以外では、 and をカンマで代用する例はあまり見かけない気がするので、この解釈可能性はひとまず除外してOKと思われます。
なお、このカンマを同格の印と判断し「(B+C)YであるXが・・・」のように解釈するのは、表記上まずありえないと考えられます。というのも同格の語句を主語の位置におく場合には、次のように動詞の直前にもう一つカンマをおくのがふつうだからです。
Digital media, communications and computer technologies, are becoming...
このようにカンマのあるなしはなかなか侮れません。
また、今回の場合は Digital media そのもののに限った話をしているわけではないので、文脈から考えても「同格のカンマ」という判断は無理がありますね。
【パターン4】
X= Digital、 A = media、 B = communications、 C = computer、 Y= technologies とすると、
X(A+B+C)Y = XAY+XBY+XCY
という解釈。もっとも複雑ですが、digital media technologies と digital communications technologies と digital computer technologies の3つとも存在する表現なので、解釈としてはありえなくはないと思われます。
複合名詞の例ではないですが、このパターンに該当するものとしてはたとえば次の(4)が挙げられます。
(4)
But machine tools demand the kind of human co-operation and division of labour which is hardly possible without language.
しかし, 道具も工作機械ともなると, 言葉がなくてはほとんど成り立ち難いような類の人間の共同作業及び分業を要する.
出典:多田正行 『思考訓練の場としての英文解釈(1)』
この英文では、X= the kind of、 A = human co-operation、 B = division of labour、 Y= which以下 とすると、
X(A+B)Y = XAY+XBY
という構造になっています。
ただ、この読み方を(1)のような複合名詞に対して要求するのは少々不親切な気がします。さきほどの考察で【パターン4】の可能性を除外したのもこの観点からですが、決め手になる根拠が薄いのは否めませんね。
補足は以上です。
最後までお読みいただきありがとうございました。