今回の英文
(1)
Beth wouldn't go near downtown in case she saw Nick.
ベスはニックに会うといけないから繁華街には近づこうとしなかった。
出典:佐藤治雄 『英語必修例文600』
今回考えるのは、この英文(1)の下線部について。
出典元の『英語必修例文600』によれば「米語と英語の両方に精通したネイティヴ・スピーカーにチェックをお願いした」ということなので、(1)は自然な英文のはずなのですが、未熟な私からすると少し違和感を覚えました。少なくともこの文脈での”in case”の使用はメジャーな使い方ではないのではないか、という違和感です。
個人的には、下線部は for fear of seeing Nick またはいっそのこと下記の(2)のように because節を用いて because she might see[run into] Nick のようにしてしまった方がいいのではないかという気がしますが、実際はどうなのでしょうか。
(2)
OJ Simpson claims he won’t go to LA because he might run into Nicole Brown and Ron Goldman’s ‘real’ killer
出典:The US Sun
※試訳:
「OJ・シンプソン、ニコール・ブラウンおよびロン・ゴールドマン殺害の「真犯人」に遭遇するかもしれないという理由から、LAには行かないと主張」(記事の見出し)
for fear SV の本質
(1)の下線部を考察するにあたってまず参考になるのが以下の2文。皆さんはどう感じるでしょうか。
(3-1)
We took our umbrellas with us for fear that it might rain.
出典:WordReference Forums
(3-2)
The man bought insurance for fear that he might get seriously ill.
出典:同上
一見すると何も問題がないようにも感じますが、出典元によれば実はどちらも for fear を用いている点で不自然な言い方であり、 in case を用いるのが自然なようです。
これらの表現の違いについては、for fear that SV の方が堅い言い方で「懸念・不安」を含意しているというような説明はよく目にしますが、その情報だけでは上記の2つの英文がなぜ不自然なのか説明がつきません。
ではなぜ for fear SV ではダメなのか。出典元では次の点がその理由として挙げられていました。
(4)
...buying insurance will not prevent you from getting sick, nor will bringing an umbrella prevent rain.
出典:同上
※試訳:
「保険に入っても病気にかからなくなるわけではないだろうし、傘を持っていっても雨が降るのは止められないだろう」
一言でいえば(3-1)と(3-2)は論理的に整合性がないということでしょうが、このような意見が出る前提として、for fear (that) SV の意味を in order to avoid or prevent something と考えている点をまず押さえておく必要があります。
実際、for fear (that) SV の意味を複数の英英辞典で確認してみると、次の(5-1)のように「不安や懸念を持っている」という趣旨のものと、(5-2)のように「自分にとって良くない事象が起こるのを回避する」という趣旨のものの2パターンに分かれていました。
(5-1)
because you are worried that you will make something happen
出典:LDOCE Online
(5-2)
to avoid the danger of sth happening
出典:OALD(9th ed.)
for fear that SV は文字通りの意味では「~という恐れのために」ということなので、(5-1)はもともとの意味を表していることになりますね。対して(5-2)は、(5-1)の意味から派生したものと捉えるのが妥当でしょう。
さて、(3-1)と(3-2)が不自然とされる理由に話を戻します。
(3-1)※再掲
??We took our umbrellas with us for fear that it might rain.
出典:WordReference Forums
※"??"は容認可能性が低いと思われることを表します
(3-2)※再掲
??The man bought insurance for fear that he might get seriously ill.
出典:同上
WordReference Forumsの回答者は、for fear (that) SV は in order to avoid or prevent something の意味であると考えており、したがって主節で示されている行動が for fear 以下の事象を避ける対策になっている必要があるが、(3-1)と(3-2)はどちらもその対策になっていないという意見でした。
確かに、(3-1)の雨という自然現象そのものは避けることができないという意味で、傘を持っていく行為は対策としては無意味ですし、また(3-2)についても、病気にならないように保険に入るというのは筋が通っていませんよね。
もし (3-1)において for fear を"論理的に正しく"使うのだとすれば、少し形は変わりますが
(6-1)
I carried an umbrella for fear of getting wet.
といった場合でしょうね。雨に濡れることを避けるための対策として傘を持っていくというのは筋が通ってますから。以下の(6-2)はこの類例です。
(6-2)
Some people run through the rain for fear of getting wet.
出典:X(旧ツイッター)
(https://twitter.com/LanghorneSlim/status/608023963013378049)
※試訳:
「濡れないように雨の中を走り抜けていく人もいる」
濡れることを(なるべく)避けようとして、雨の降っている中を走っていくという対策をしている、というわけですね(実際それが対策になっているかどうかは諸説ありますが・・・)。
「 for fear SV = to avoid something 」が当てはまらない例
ここまでの話からすると for fear (that) SV (あるいは for fear of something)は in order to avoid or prevent something の意味だと理解しておくのはかなり有効なように見えますが、いつでも通用するわけではないようです。
たとえば、以下の2例ではそれが当てはまりません。
(7-1)
They searched his computer for fear that he had been blackmailed.
出典:Cambridge Dictionaries Online
(https://dictionary.cambridge.org/dictionary/english/for-fear-that-of?q=for+fear+that)
※試訳:
「彼らは、彼が恐喝されているのではないかという懸念から、本人のパソコンを調べた」
(7-2)
In response, the Israeli police issued a statement, quoted by the BBC, that its officers noticed “a suspicious vehicle and stopped it for inspection” and searched the vehicle “for fear of possession of weapons.”
出典:Committee to Protect Journalists
※試訳:
「これに対してイスラエル警察は声明を発表し、BBCが報じた。それによると、イスラエル当局の警官が『不審な車両に気づいて検査のために停車させ』、『武器所持の恐れがある』として車内を捜索したという」
構造は基本的にどちらも同じで、動詞 search と for fear SV(または for fear of something)が共起しているパターンです。
(7-1)であれば、「彼が恐喝されている」ことは「彼のパソコンを調べる」ことによって回避できませんよね。この意味で、for fear SV = to avoid something という考え方は成立していません。
(7-2)においても同様です。「武器を所持している」という状況そのものは、車内を捜索することによって回避できません。捜索によって「武器を所持しているか否か」がただ明確になるだけです。
したがって、ふつうに考えれば、これらはfor fear that SVの文字通りの意味、つまり(5-1)で示される意味で捉えるしかないわけです。
(5-1)※再掲
because you are worried that you will make something happen
出典:LDOCE Online
まぁ、あえて for fear SV = to avoid something という観点で説明するとすれば、上記2例のおいて回避の対象となっているのは「彼が恐喝されている」とか「武器を所持している」という状況ではなくて、そのような予感からくる不安や懸念そのものと考えることはできるかもしれませんね。
というのも、どちらの例もパソコンや車内を調べることで「恐喝や武器の所持が事実かどうか」をハッキリさせ、それによってその不安・懸念を払拭しようとした、ということでしょうから(もちろん不安や懸念が消えるのは、恐喝や武器所持が事実でないと分かった場合のみですが)。
長くなるので、とりあえず今回はここまでです。次回は in case の意味をどう捉えるべきかを中心に考察します。
最後までお読みいただきありがとうございました。

