などと有名出身大学
・勤めていた一流企業
の名前をくっつけて話す事が多い。
会話の内容がその大学なり、会社に関係のある物ならいいのだが、
何で関係のない話の中に
その人達の有名出身大学や一流企業の名前が必要なのだろう

実際おいしい店なんかないって〇〇大学出身の友人が言っていたぞ。
オレも実際そう思うね!
あんなのに載ってる店で美味しい所なんてないね!」
そう偉そうに断言する異界の住人。
こんななんて事ない会話で、何で「一流大学出身」と言う情報が必要なの??
彼の話にたびたび出てくるその友人は、
一流大学出の、一流企業に勤めていた。
一流企業を退職してからは優秀なので働く場所には苦労をせず、
必要な時だけまた別の一流企業で働くなど
とても自由に生活している様子。
そんな自由気ままな友人の事は
異界の住人にとって羨望の的でもあるのだろう。
そのためか、異界の住人自身が体験した訳ではないのに、
その友人の言葉をまるで自分の意見の様に同一化して被せ、
よく自分の言葉の様にすり替えていた。
異界の住人の会話には、こうやって人の言葉を自分の言葉の様にすり替える手法がよく出てくる。
ただ単に相手の意見と自分の意見が一緒というだけの話なら、
わざわざ出身大学や出身企業なんか付ける必要はないし、
自分以外の人も同じ事を言っていたと言いたいのなら
「〜らしいよ」「〜と言っていたよ」
で済む話ではないかと思う。
そして、なぜか不思議な事に、
「高卒」とか、聞いた事もない「小さな会社」の人などの言葉はほぼ出て来ない。
なぜいつも、彼の意見は一流の人と一緒だと言うんだろう?
なぜ学歴や職歴のランクが下の人達と自分の意見が同じだと自慢する事がないんだろう?
そもそも、普通の会話の中でそんな他人の学歴や職歴って必要ないでしょ?
なんでいつもいつもそんな情報を織り込んで、それを強調して来るのか不思議だった。
けれど、よくよく注意して聞いていると・・・
異界の住人は、
優秀な友人・知人を持っている事を暗に自慢したいのかも知れない。
そして、その優秀な学歴・職歴があれば
誰も疑う余地のない正論だと相手に思わせる事ができて、尊敬が得られやすい。
優秀な彼らが言った事を自分の意見にすり替えれば、その尊敬が自分にも向けられると感じているのではないかと思う。
自分の話に自信があれば、
または信念があるのであれば
わざわざ人の意見に被せる必要はないのに。
優秀な人の意見に便乗して優越感を得て、
もしもその意見が間違っていた時は
「自分だけの責任ではない彼らも言っていた」
と、その責任の一端を彼らに擦り付けられる様に??
人の意見に便乗する事は誰だってやる事はあるけれど
あまりにも頻回で
あまりにも執拗で・・・。
優秀な人の(話の)影に隠れて威張るその姿に
虎の威を借る狐のイメージが頭をよぎった。
優秀な人の「威」を借る「異界の住人」
その姿を見てしまってから
彼の会話に気持ち悪さを感じてしまう。