成長するという事 | すべて世は事も無し

すべて世は事も無し

私が「うつ」の沼に足を踏み入れそうになった時に思い出した詩の一遍です。
遥か大空の向こうから見下ろせば、些末な事。
大丈夫!自分を取り戻し、前を向こう!!
「すべて世は事も無し」と言える位に・・・。

初めての子を稽留流産した後、しばらくして、次の子に恵まれた。

 
今度は無事に成長し、元気に生まれて来ます様に。
ただ、その思いでいっぱいだった。
 
無事に生まれて、日々成長する子供。
小さなクシャクシャのおサルさんが、目を開き笑う様になる。
身動きがとれず、ただ転がっているだけだった子が、段々手足を動かしものを掴んだり、顔を動かしたりする。
 
そんな子供の成長に戸惑ったり喜びを感じたり・・・。
そんな普通の感情を共有したかった。
 
子供が初めて寝返りをうった時、
「今日、初めて寝返りを打ったんだよ!!」爆  笑
と、大喜びで異界の住人に報告した。
 
「ホント?すごいな。成長したな。」
・・・そんな感じの返事があると思っていた・・・。
 
だけど、返ってきた言葉は。
「フッ。何そんなに喜んでんの?そんなの、時間が来れば出来るの当たり前でしょ!
ニヤニヤして、人を小バカにした様に言う。
 
ガーン「当たり前じゃないよ。きちんと成長してるのがわかって嬉しくないの?」
「あぁ~はいはい、わかったわかった。何をムキになってるの?」
ニヤニヤした顔のまま。
まるで私がバカらしい、おかしな事を言っているみたいに、呆れた様に言う。
 
子供がハイハイを始めた時も、立ち上がって歩き出した時も・・・。
異界の住人は喜んだり感動する事も無かった。
ただ、淡々とした態度でその事実を<知った>と言うだけだった。
 
2人目の子が同じ様に成長した時もその態度は変わらず、私は独りで子供の成長を心の中で喜び、見守るしかなかった。
 
<コンピューターのプログラムが設定日に作動した。>
そんな感じに捉えていたのだろうか?
 
確かに大多数の子供達は、多少の差はあれど大体同じ様な成長過程を辿って来るかも知れない。
だけどそれは、コンピューターの様に出来る様に作られていた物が、プログラムされた設定時間になったから作動を開始したという物ではない。
出来ない様に生まれた者が、少しずつ成長し、出来る様な機能を獲得したと言う、壮大なストーリーなんだよ!
 
なぜそれが理解できず、思いを馳せる事が出来ないのだろう。
世間の大多数の人達は、そこまで深く考えなくても心でそれがわかっている。だから日々成長する子を喜ぶことが出来るのに・・・。
 
その事を異界の住人に言っても、
「オレだって喜んでいた」ポーン
と返してくるだろう。
 
そう返事しなければ、自分は『悪い人間・ひどい人間』と言われる。
だから、自分にとって不利にならない様<人に望まれている返事を選んでする。
そんな感じえー
 
異界の住人は、自分の言動、自分の本心ですら理解できていないので「何とも思っていない」と言っていたのに、また別の時には「喜んでいた」と一貫性のない態度でコロコロ変わり、周囲の心をかき乱す。本人は、一貫性が無い言動をしているとわかっていない。
 
実は子供の成長を喜んでいたけど、恥ずかしくて・かっこつけてあんな心無い言葉を言ったのではないか?
ずっと、そう思う様にしていた・・・。そう信じていたかったのに・・・。
 
 

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私の体験で「自分もそうだ!」と気付く事で、心を傷つけられた方が少しでも自分の心を取り戻す事ができたらと願っています。

 

尚、このブログに書かれる受動型アスペルガー夫(未診断)については、その他の同様の症状をお持ちの方を傷つける意図で書いているわけではなく、あくまでダンナ限定である事をご承知下さい。

アスペルガーであっても、自分の症状に苦しみ、他の人と上手くいく様、一生懸命に努力している方を何人も知っています。

一つの例としてお読みいただければ幸いです。