1976年に放送されたテレビ番組において、まだ眼帯時代の若きタモリ氏が香港出身の歌手であるチェルシア・チャンに、出鱈目中国語、いわゆる標準中国語である普通話で話しかける場面が現在YouTube上でも視聴が出来るのであるが、これは今であれば炎上案件だろう。言うまでもないが、香港人である彼女にとって、普通話というのは母語ではないのである。さらに、当時は言わずもがな香港はまだまだイギリス植民地真っ只中だった事もあって、普通話は必修ですらなかった。なので、出鱈目とは言え、彼女に(おそらく理解できるだろうという前提で)普通話で話しかけるというのは失礼極まりない話なのである。
もちろん、ここのコメントにもあるように、時代背景を考えればやむを得ない面もある。香港という存在を一躍日本に、というか世界において有名にさせたのは、言うまでもなくブルース・リーである。しかし、ハリウッド映画である「燃えよドラゴン」はもちろん、「洋画というのは英語を話す映画のこと」という当時の時代背景により、それまでの香港時代の3作品も全て英語版で公開された。現在も、有名なロスト・インタビューも含め、現存している肉声はほぼ英語のみである。
一応、子役時代の映画では広東語で話しているし、「ドラゴンへの道」の台本について語る録音も広東語である。後者は「ブルース・リーの生と死」において聞くことが出来るが、私の知る限り成人後のブルース・リーによる広東語の肉声というのはこれしか知らない。香港時代に出演したテレビ番組などではもちろん広東語を話しているはずなのだが、デモンストレーションの映像などは残っていても、話している映像がアップロードされた事はほぼ皆無である。
その他の香港映画も英語版、それが存在しない映画はわざわざ日本語吹き替えにして公開していたと言われる。そして、初の広東語オリジナルで公開された映画は、かのマイケル・ホイ主演の「Mr.Boo!(The Private Eyes/1978)」が最初だと言う。つまり、この番組が収録された1976年当時、香港人の話す言語は広東語であるという認識が、ほとんどの日本人にとっては浸透していなかった、という事になるのだ。
その後、「酔拳」をきっかけとしてジャッキー・チェンが日本でも大人気となり、本人も度々来日を果たしてくれるようになるのであるが、この辺りで、映画を見ない層も「彼の話す言葉はいわゆる標準中国語とはなんか違う」という事に気付いたのではないだろうか。
なので、1976年という時代を考えると、タモリの行った行為もやむを得ないものだとも言える。しかし、今なお香港と台湾の区別もまともにつかない日本人が多い中、香港人の話す広東語は標準中国語とは違う、という事実を知らない人たちもまだまだ多いのではないだろうか。その最たるものが、数年前に起きたちびまる子ちゃん事件である。これの映画版か何かには、香港出身のキャラクターが登場するらしいのであるが、その時に香港で「ありがとう」は何と言うか、という解説においてなんと「謝謝(シェーシェー)」と紹介されたのである。しかも、簡体字であったのだからお話にもならない。言うまでもなく、広東語では「多謝(ドーチェー)」。
これには当然香港人と、日本人の香港マニアも大激怒し、当然のごとく炎上騒ぎとなったのであるが、その後正式に謝罪をしたかどうかまでは不明である。テレビ局に勤める人間ですらもこの体たらくなのだから、一般人の知識など推し知るべき。いくら昔に比べて日本における露出が少なくなってきたとは言っても、同じ東洋、漢字文化圏の都市として本当に情けないとしか言いようがない。