深セン体験記。 | ONCE IN A LIFETIME

ONCE IN A LIFETIME

フィリピン留学から人生が変わった一人の男のお話です。

香港からマカオはほぼ定番なのに対し、中国大陸へのゲートウェイ、深センはまだまだそうとは言い難い。「地球の歩き方」でも、マカオに続いて紹介されているし、行き方も複数の手段があるとは言え、もっともスタンダードな東鉄線を使えば、イミグレーションには初めての人でも簡単にたどり着く事が出来るにも関わらず、だ。
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一旦2つのボーダー駅に着いてしまうと、住民以外は必ずイミグレへと進まなければならない。当然パスポートが必要であり、まずは香港の出境手続きを行う。正直、こちらは日本人であればたやすく抜けられるだろう。すぐに国境(あえてこう呼ぶ)の川にかかる橋を渡るが、ほぼこの時点に来た瞬間で香港のケータイ電波は入らなくなる。そして、渡りきると目の前には簡体字の中国語、香港とは一気に雰囲気が変わり中国大陸となる。

ここで入境手続きが行われるが、日本人であれば15日以内の観光目的の滞在であればビザが不要なため、入境用紙に必要事項を記入さえすればすんなりと通してくれる。東鉄線はスピードが遅いこともあり、尖沙咀からイミグレを抜けるまではおおよそ1時間半ぐらいかかってしまう。以外と時間がかかってしまうが、時間配分さえしっかりとしていれば確かにシンセンまで渡るのはさほど難しくはない。
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それでも、まだまだシンセンまで足を運ぶのは定番とは言えない。制度がまるで異なる共産圏、英語が通じずほぼ北京語だけの世界、または反日のイメージなどネガティブ要素は確かに浮かんでくるものの、それは他の都市でも一緒だ。それでもシンセンはあまりお勧めされない理由、それはずばり言って治安の問題だ。

すこし調べてみればわかると思うが、シンセンは中国大陸の中でも屈指の治安の悪い場所だったと言われる。一昔前は、Lo Wuのイミグレーションの建物の前は浮浪者で溢れており、ただならぬ雰囲気だったと言われている。私も、治安が悪いと知りながら、せっかく香港まで来たのだからシンセンまで…と言うのはすでに2回目の時点で頭にあったのだけれども、香港人に会うたびに行かないほうがいい、と言ってくるので怖気づき、結局初めて訪れたのは2013年9月の事だった。

その時点では大分一人海外旅行も慣れてきたし、香港も有名どころはほぼ行きつくしたので、マカオ同様新たな刺激と挑戦がしてみたかった。それでも、治安が悪い、というのがまず頭にあったので、持ち物には常に気を配るようにしていた。

まず、財布やケータイが入っている愛用のウエストポーチは、丸ごとバックパックの中へ。お金は小銭、お札共々ポケットの中。地下鉄や、繁華街の人混みの中では、パックは前に抱きかかえるようにして運ぶ。過剰すぎるほど過剰に用心してちょうどいいぐらい、油断したら終わり、街中では常にそのぐらいの覚悟で臨んでいた。

しかし、ここ最近はかなり治安が改善されているようで、ひとまずイミグレの周りは怪しげな人々を見かける事はなかった。警官も常駐しているし、この時点では言われているほどではなかったとは思う。何より、初めて降り立った中国大陸、しかもツアーにも何も頼らず自分の力ひとりでここまでたどり着けた事に対しての感動の方が、遥かに恐怖心に対して上回っており、思わず感極まってしまったほどだった。

「地球の歩き方」でも紹介されているよう、シンセンにもいくつかのアミューズメントスポットがあり、観光客であればまずそこを目指すのが定番なのであるが、1回目の時点ではひとまず置いて起き、とにかく歩き回って初めての中国大陸の雰囲気を味わう、そういうつもりでいた。

以上のように、まずは降り立った事に感動しきりだったのだけれども、雰囲気は香港と比べて明らかに暗かった。大気汚染の影響大なせいか、空は灰色、当然遠くの景色はかき消され、それはまるでドラクエ6の絶望の町へ降り立った、そんな雰囲気だった。

とりあえずお腹がすいたので、駅前のKFCでスープを購入した。中国大陸初のファストフードがKFCだった訳だけども、味は別に美味しかったにも関わらず、飲んで数分で気持ち悪くなってしまい、30分ぐらい駅前で休む羽目になってしまった。パックには常に薬を入れているので、胃腸薬を飲んでしのいだものの、今でも覚えている苦い思い出だ。

Lo Wu駅からはシンセン地下鉄が出ており、それに乗っていけば主要スポットには自動的に着くようになっているのだが、ひとまずこの時は初めての香港の時のように、街中を歩き回りたかったので、大通りに沿って進む事にした。

香港に隣接しているにも関わらず、シンセンに一歩足を踏み入れた瞬間、全ての建物、道路が中国大陸サイズ、とにかく大きい。しばしあまりの違いに圧倒されていたが、不思議な事に平日の午前中とは言え、人通りが極めて少ない。途中、何軒かマクドナルドもあったが、ガラガラだ。さながらゴーストタウンのような感じであったが、これは歩いて数十分もすれば理解する。とにかく空気が悪いため、次第に息苦しくなっていくのだ。確かにこれでは地上にいられないのも理解出来る。

ひとまず、「地球の歩き方」によれば展望台がいくつかあるので、それに向かって進む事にしていった。繁華街である老街にさしかかかると、一気に人混みとなり賑やかな雰囲気。そのまま目的のビルまで歩いていくと、大きな広場があり鄧小平の壁画が。鄧小平と言えば、もちろん戦後中国史の大人物のひとりであり、特に香港好きに対しては、返還交渉をサッチャー首相と行っていた事で特に印象深い。シンセンが発展したのも鄧小平のおかげらしいので、壁画があるのはそういう事でもあるのだけれども、反面晩年は天安門事件を引き起こした張本人のひとりでもある訳で、外国人から見た評価は意見が分かれるところだ。

展望台からはシンセンの街並みが一望出来るが、当然真っ白な空のおかげでとおくはカスカスだ。それでも、香港との境目は見る事が出来る。あのシンセン川を境に、南は資本主義、北は共産主義、しかしどっちも中国の一部であるという、日本人としては考えつかない何とも不思議な空間。その川を境に、同じ人間であっても、わずか数キロ北に生まれるか南に生まれるかで全く違う人生を歩むことになる、展望台にいる間はずっとそんな事を考えていた。
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展望台を後にし、随一の繁華街である老街へと向かう。東京で言えば渋谷的な場所であろうか。近代的なデパートもあるし、ここにいる間はシンセンで抱いたネガティブなイメージは忘れさせてくれる。東門街と言う建物には大きなフードコートがあり、本物の中華料理を堪能出来る。最初に食したのは定番のチャーハンであったが、わずか10元、当時180円ぐらい、量を考えたら日本人にとっては激安だ。大体、大抵のものはその程度で買えるものの、マクドナルドのセットはその2倍以上はした。物価を考えたらかなり高めであり、そういう意味でもマックは高級品扱いのような印象を受けた。
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英語メニューがない事もあったけども、わざわざ大陸まできてマックはない、と思っていたので、お腹が膨れるまでフードコートで食していった。漢字で大体の雰囲気は分かっても、発音が出来ないので指さしして買うしかなかったが、見た目で美味しそうなものは中身も実に美味しかった。さすがに本場の中華料理だ。中国と言えば今でも反日ではあるものの、少なくともここに集う人たちは普通の一般市民、店員も商品を進める事しか頭にない、こちらが普通話を話せなくとも、嫌な思いをした事は皆無だった。

ちょうどこの頃、ブルーハーツの「Train Train」を良く聞いていた。その中に「いいやつばかりじゃないけど、悪いやつばかりでもない」と言う歌詞があった。そのちょうど1年前に大規模な反日デモがあり、日本人の中国人に対するイメージは急落していた。しかし、政府間の問題は山積みでも、一般市民たちは絶対に悪いやつばかりじゃない、それをこの目で確かめたい。もちろん、確かめたからってどうなるものでもないのだけれども、その気持ちが自分のシンセン行きを最も後押ししてくれた要員だったと思う。

帰りはそこから地下鉄へLo Wuへと向かった。シンセンの地下鉄は、香港MTRが資本提供しており、作りも文字体もかなりMTRの雰囲気そのままだ。シンセンTongと言う、オクトパスカード的なものも存在するが、1枚100元、当時でも2000円近い代物だったので、1日限りでは全く不要だ。したがって、普通にトークンを購入してイミグレへと戻った。英語アナウンスも充実しており、普通話に堪能でなくても利用出来るので、旅行者にも使用価値は大なのであるが、どうも駅周りの照明が暗く、香港MTRに比べるとかなりダークな印象を受けるのが難だ。

Lo Wuまで着けば、あとはイミグレまで真っすぐ進めば着くのだけれども、シンセン側からの外国人用入国審査ゲートはかなり少ないうえ、さらに当日は中国の国慶祭と重なってしまいえらく待たされる事になってしまった。基本的に混雑する事は必至なので、行きと比べて帰りはそれなりに待たされる事を覚悟したほうがいいだろう。

橋を戻れば、再び一気に雰囲気が変わりそこは香港。毎度の事であるが、シンセンから香港に戻った瞬間は、香港ですら自分にとっては外国に過ぎないのに、まるでふるさとに戻ってきたかのような妙な安ど感に満たされるものだ。刺激を求めて自らボーダーを渡ったにも関わらず、結局香港の方が落ち着くというのは皮肉なもの。まあ治安や言葉の問題を考えたら、そうなるのは当然ではあるものの、まあそれでも日本では体験出来ない地上での出入国手続き、そして1国2制度と言う、1国に社会主義と資本主義が共存するという、あまりにも不思議な空間、それらを実感できるだけでも、勇気を出してシンセンに渡ってみる価値はあると思う。