いらっしゃいませ。



百貨店販売員の慇懃さに

髭もそらずやって来たことを後悔した。

ショウウィンドウの万年筆は

蛍光灯の青い光を反射する。

何という輝き。

販売員の制服や商品の陳列、

そのいちいちの整然さを自分と対照させてしまう。


昨日、会社をやめてしまったことを

ワタシは強烈に意識した。

百貨店で買い物をするなんて

ワタシには分不相応にちがいない。


万年筆の黒と金の照りを横目に

出口へと急いだ。



ありがとうございました。



何も買っていないワタシにも

丁寧な、とても丁寧なお辞儀。

百貨店はこんなにも広かったろうか。



帰りの電車内では目を伏せたまま。

目が合うと

知らない誰かがワタシの職無しの様を

笑いそうな気がしたからだった。

あの学生風の男性も女性も

スーツ姿の男性も着飾った中年女性も

趣味を満喫してそうな初老の男性も

そんな夫に付き合わされている風の女性も。



結局、コンビニエンスストアで

100円のボールペンを一本だけ買った。

ノートは会社から入社時にもらったものでいい。

まだ何も記していないので使えるだろう。


コンビニエンスストアはいい。

会話をする必要がない。

店員と目を合わせることもない。



ワタシは逃げて隠れて

ようよう帰宅した。


帰ってみると妻はどうやら外出で。

どこに行ったのやら、さっぱりわからなかった。

昼食の用意はない。

どうやら外で食事するつもりで出かけたらしい。

ワタシも外食する、と思ったのだろう。

さて。

どうしたものか。

もう外に出るのはイヤだった。


何かすぐに食べることができるものはないか

と台所をごそごそとやってみたが。

めぼしいものも見つからず。

ワタシは昼食をあきらめた。


とにかく執筆しよう。


今日から官能小説を書くのだ。



(第三夜につづく)