

今朝のことです。
いつもは、まげわっばにご飯を詰めて、
しらす干しなどをぱらぱらと散らしていく夫が、
「今日はおにぎりにする」と言ったのです。
てっきり私が握るのかと思っていたら、
なんと、自分で作り始めたではないですか。
ラップを広げて、その上に海苔を置き、
塩をふり、そこへご飯をのせていく。
そして今日は、梅干しと焼きたらこ。
それを二つ折りにする、いわゆる【おにぎらず】です。
ひとつひとつ、ゆっくりと手順を追いながら、
おにぎりを作る姿を見て、
私はとてもうれしくなったんです。
ああ、この人は
私に頼むのではなく、
自分でやろうとしている、と。
そういう姿勢がとてもありがたく
ついついニンマリしてしまいました。
これは少し前のこと。
もしもどちらかが一人になったときのことを考えて、
私は娘にお願いをしに行ったのです。
夫が一人になったときには、
毎日電話をしてほしいこと。
そして、時々様子を見に来てほしいこと。
娘は快く引き受けてくれて、
そのとき、私はとても安心したのです。
そして今日。
おにぎりを自分で作る夫の姿を見て、
ふと思ったのです。
この人は、
一人になっても、大丈夫!!
ちゃんと自分で食べることができる!! と。
今朝のことはほんの小さなことかもしれません。
でも、私にとっては、
とても大きな一歩のように感じられました。
人生の後半に差しかかり、
これからのことを考えることも増えてきました。
だからこそ、
「自分のことが自分でできる」ということの大切さを、
あらためて感じています。
そして同時に、
そばにいる人の小さな変化や成長が、
こんなにも心をあたためてくれるのだということも。
今日もまた、
日常の中にあるささやかな出来事に、
感謝したいと思います。
小さな一歩を重ねながら。
日々是精進。
今日は昭和の日
作品には黒電話とダッコちゃんを描きながら
ふと自分の昭和の思い出がよみがえってきました。
黒電話で思い出すのは
わが家に電話が来た日のことです。
今のようにボタンを押せばつながる時代ではなく
横についているハンドルを回して交換台を呼び出し
相手の番号を伝えてつないでもらう仕組みでした。
その記念すべき最初の一本は
お向かいのお家の一つ下の女の子へかけたのです。
番号も覚えています。
「56番お願いします」
と交換手さんに伝えました。
嬉しさと緊張で
きっと私はかなり大きな声で話していたのでしょう。
「声が大きすぎるよ」と言われたことが
今でも耳に残っています。
そして、もうひとつの思い出はダッコちゃん。
小学校へ上がる前、耳の手術をして
病院へ通っていた頃のことです。
仙台で母にお願いして
やっと買ってもらえた宝物でした。
本物のダッコちゃんはウィンクをするのですが
母が買ってくれた子は少し違っていました。
ちょっと動かすと
両目が一緒に閉じたり開いたりする子でした。
でも子どもの私には
そんな違いはどうでもよくて
手に入れられたことが何より嬉しかったのです。
昭和の思い出は
特別に豪華なものではなく
こうした小さな出来事の中にあります。
黒電話の大きな声も
ダッコちゃんの両目も
今となってはどちらも愛おしい記憶です。
今日はそんな懐かしさに
そっと心があたたまる一日になりそうです。
🌿 己書つるがしま道場
はじめての方も大歓迎です。
幸座日程・体験予約・お問い合わせは公式LINEへ




