中2の次女のことです。


小5からの不登校を経て

現在フリースクールに通っています。


不登校の在り方は

百人百様だとも言われます。


娘の場合、になりますが綴っていきます。



娘いわく

年長〜小学校3年生までは

幼稚園、学校が楽しかったのだそうです。



私の目から見ていても

朝笑顔で

「行ってきますおねがい

とランドセルを背負って出かける娘を

安心して見送っていました。




ーその頃の長女はー


実はその頃

長女が小学高学年だったのですが

「学校へ行きたくない」

と毎晩言っていました。



朝になると自分で起きてきて登校するのですが

微熱が続いたり、原因のわからない不調を

訴えていました。



病院へも行きました。

血液検査もしてもらい

「原因ははっきりしないけど成長期によくあること」

とする診断でした。

(症状は中学生になるころにはなくなっていました)



成長期(思春期に入るころ)にある症状、と

まとめられるとまぁそうなのですが

当時はわからないことの方が多く


もっと娘に寄り添ったサポートの仕方が

あったのだろう、と

今となってはやはり思ってしまいます。





次女の話に戻ります。


次女は、行きしぶる姉を見て

「お姉ちゃん、何がそんなにいやなん??」

と言っていたくらいです。



長女のことが気にかかっていた分

ニコニコで登校してくれる次女の存在が

有り難かったことを覚えています。



思い返せば

学校の宿題や準備も

自分でさらっと仕上げている次女でした。



友達関係や勉強も問題なく

この子は大丈夫だって

安心している部分がありました。



しっかりしていたんですね。



小さい頃から自分の考えをしっかり持っていました。


人見知りですが

家では自分の思いをしっかり主張していました。



反面、叶わないことに対して


なぜそれがダメなのか、納得ができず、

折り合いがつがない状態が長時間になることが

よくありました。


親子で疲弊する場面も多くありました。






最近は

次女自身が学校生活をどう感じていたか、

自分が学校でどんなキャラでいたか、

を話してくれることがあります。



次女「私、優等生やったから」


学校の机の中は

きっちり整理整頓していたらしいです。


字が丁寧でした。褒められていました。


手先が器用な娘。あやとりが流行っていた時期は

「〇〇ちゃん、ほどいて〜」

何人かの友達が頼ってきたようです。


断ったことがないようです。



友達のお母さんからは

「〇〇ちゃん。いつも優しくて、可愛くて、声まで可愛いって。うちの子から聞いてます飛び出すハート


と言われたこともあります。



ずっと上手に生きていくのだと

思っていました。



当時の次女がどんな気持ちでいたか↓





  子供が本来持ってる自ら動く力を伸ばす 
   不登校ママサポーター ちか です