さて、「力(ちから)」シリーズの第二弾はハリーポッターです。
ハリーポッターはファンタジー小説としてイギリスで1997年に発売されたのが始まりです。
その後、世界で爆発的に売れた後で、2001年に映画一作目が公開されました。
一作目の「賢者の石」はまだ主人公やその仲間達も子供だったということで、内容的にもかなり子供向けであり、毎日親にガミガミ怒られて実は自分は魔法使いの子供で、才能は親から受け継ぎクディッチなるスポーツの花形ポジョションのシーカーとなり、一方何となく謎めいた過去があり、最後はダンブルドア校長の「お笑いウルトラクイズ」並みの独断ともいえる採点に皆が一喜一憂するというとてもほのぼのとした終わり方でした。
ただ、その後主人公達が成長し物語も進みにつれ、段々内容もダークになってきて、最後のほうはかなり陰湿で悪意に満ちた内容となり、血みどろの殺し合いが始まります。
内容的には決して子供達が楽しむ物語ではなくなったと思います。
とはいえ、魔法界という異世界ファンタジーでありながらも、主人公達の子供から思春期、思春期から大人になっていく成長の過程で、様々な魔法と生き物、そして悪意に満ちた世の中で仲間とともにもがき苦しんでいく、というのは現実の世界をかなりデフォルメしたものだったとも言えます。
特に毎日親からガミガミ怒られている子供達にとって、「自分は実はこの家の子供ではなく本当は...」なんて親不孝な妄想をしながら、ハリーに感情移入をしたことで人気になったのかもしれません。
私も同年配の子供時代に映画や小説に触れたら、また違う見方をしていたでしょうね。(海のトリトンに感情移入をしてしまったように)
ただ、この物語の面白いところは、主人公ハリーの成長とともに現れるこじれっぷりです。
最初の頃は、ダーズリー家より開放され、友達もできて、シーカーの才能も認められ、ようやく自己肯定感にひたって楽しそうだったのに、「炎のゴブレット」あたりから、ヴォルデモートからの攻撃が本格化したこともあって、なんか自己否定に陥りこじれてしまっています。
従って、「不死鳥の騎士団」以降は能天気さは無くなり、かなりどんよりした雰囲気になってきます。
でも、それはハリーだけではなく、敵役であるドラコも同じで、単純なヒーローではないところが同年配で物語と同時に成長してきた子供達(大人達)に共感を得たんでしょうね。
さて、この物語での「力」とはまさしく「魔法」です。
魔法族にとって魔法は生きるためのスキルでありますので、魔法学校で子供の頃から(11歳?)国語や算数ではなく様々な魔法を学んでいくことになります。
当然「闇の魔術の防衛術」という授業もあるくらいなので、悪い魔法も存在します。
非常に魔法のスキルの高い魔法使いが悪い魔法を身に着ければ、その「力」によって魔法界を支配することも可能です。
ただその「力」は彼らの中では決して特別な技ではなく、普通に学校で勉強して学び、将来生活や仕事で必要になってくるものを更に追求したもの、極端に言えば延長線上にあるものなのです。
そんなものがこの世を支配するというのは、実はかなり現実的な話なのかもしれません。(我々が悪いことをする場合、実は学校で習う知識や経験が生かされることがある?)
スターウォーズではフォースのダークサイドに誘われる者は、その圧倒的な強いフォースを必要とされ、全てを凌駕できるフォースの持ち主であればただ一人でも十分である一方、ハリーポッターの魔法界で闇の魔法使いに必要とされるのはヴォルデモートへの絶対的な忠誠心のみであり(純血主義である一方必ずしも純血の人だけではないみたい)、それらの人達によって組織として形成されています。
組織内に多くの人員がいるにも関わらず、絶対的なトップがいる組織では、当然その組織員はお互いいかにトップに目をかけてもらうか、しのぎを削ることになり、協力関係とはほど遠いものとなります。
特にヴォルデモートの場合は、その絶対的な魔法力を背景とした恐怖による統治であり、多分その配下の人達の普段のストレスたるや、かなりのものがあると想像されます。
いつ、ヴォルデモートからあの呪文を投げつけられるかもしれないので。
実際、映画でもドラコの父親ルシウス・マルフォイはかなりのパワハラを受けているシーンがありました。
こんなワンマン社長がいたら最悪です。
まあ、ルシウスもルシウスなんですけどね。
さて、そんな魔法界きっての恐怖の大魔王に対峙するのは、大いなる力を有している騎士でもなく、心優しい大泥棒でもなく、思春期真っただ中のいじけっぽいアオハル野郎とその仲間達となります。
もちろん、ダンブルドアを初め、多くの強い魔法使いがヴォルデモートに抵抗はするのですが、そんな簡単に倒せる相手ではありません。
従って、考えてみれば、ハリーみたいな経験もスキルも低い子供達が倒すなんてかなり現実離れな話なんですが(そもそもファンタジーは現実離れ)、それでもハリーしかヴォルデモートを倒せない理由というのが最後のほうで明らかになってきます。
それはかなり残酷な理由なんですがね。
そういう意味では、スネイプ先生のことも含めて、かなり壮大な伏線回収となる物語なので、最後の納得感は高いです。
話を戻しますが、それほど自分を絶対的な頂点として悪の組織を作り出したヴォルデモートですが、ハリーという彼の唯一の弱点がその絶対性を崩されると、一気に組織は崩壊します。
これも現代の組織に完全に当てはまっていますね。
例えば、会社組織に当てはめた場合、力(人事権)という武器でトップに逆らえない絶対的な組織を作りだした場合、皆がイエスマンとなり、どこかで問題(粉飾決算、データ改ざん等)が生じ、そのことでかえって組織は脆弱となり、最後はトップの終焉とともに一気に組織は崩壊するということになります。
ただ、その場合、本来は組織の再編成(経営層の一新等)をした再出発をしなければいけないのですが、絶対的なトップは自身の立場を脅かすような実力者を排除してきましたから、残された者たちにはその求心力がなく、混迷な状態が長く続いてしまうことも多々あります。
やはり、組織の永続性ということを考えたら、力で支配する絶対的なトップはなってはいけないし、つくりだしてはいけないのだと思います。
では、うまくしめくくったところで、一言。
エクスペクト・パトローナム!!
(守護神よ来たれ!!)
私に守護神がいればいいのですが...