
ビックリしました…最近名前を聞くことがなくなった思ってたのですが、T・ウォーキンショーがガンと戦っててお亡くなりになりました。
トム・ウォーキンショー・レーシング(TWR)と言えばジャガーとともにグループCカーでポルシェワークスと激しく戦ってル・マンを制したことが最初に浮かびます。ニッサンと組んでR390でル・マン挑戦したりレーサーとしてWEC in Japanに参戦したり日本との関係もある人でした。ジャガーと組んだころのTWRはホント強かったです。ボルボワゴンでBTCCに挑戦したりツーリングカーレースで話題を振りまいてました。F1でもベネトンを手始めにアロウズの実権を握って当時新興メーカーのブリジストンを引き入れ、ここからブリジストンの14年の活動が始まるんですよ…
ウォーキンショーとかプロドライブのD・リチャーズとかベネトンで組んでたブリアトーレとか豪腕で個性が強すぎてやり方に賛否両論あるかもしれませんが、レースを愛したレース屋さんだったことは否定できないと思います。64歳って亡くなるには早すぎます。合掌…
AUTOSPORT WEBからの引用です…
往年のレーシングドライバーにして、1990年代はチームオーナーとしてスポーツカーレースやF1で活躍していたトム・ウォーキンショーがガンのため亡くなった。64歳だった。
ウォーキンショーはシングルシーターでレーシングドライバーとしてのキャリアを始め、1969年にスコティッシュ・フォーミュラ・フォードのタイトルを獲得。しかし、ウォーキンショーの名が轟いたのはツーリングカーレースに参戦してからで、チームオーナー兼ドライバーとして自身のチーム『トム・ウォーキンショー・レーシング(TWR)』を主宰。1984年にはジャガーでヨーロッパのマニュファクチャラータイトルを獲得した。
その後、ジャガーとともにグループC規定によるスポーツカーレースに挑戦したTWRは、1988年のXJR-9 LM、1990年のXJR-12でル・マン24時間を制覇。87年、88年、さらに91年とスポーツカー世界選手権を制し、チームオーナーとしてのウォーキンショーはモータースポーツ界でも確固たる地位を確保。その後もポルシェとの仕事や、90年代後半にはニッサンともスポーツカーレースでともに仕事をした。
ウォーキンショーはその後、ベネトンでエンジニアリングディレクターとしてF1にも参画。当時TWRに所属し、後にフェラーリで黄金期を築くロス・ブラウンをF1に引き入れたのもウォーキンショーで、ミハエル・シューマッハーのタイトル獲得に貢献した後はリジェ、さらにアロウズの経営を握り、F1に本格参戦したブリヂストンタイヤの初のチームとして、97年のハンガリーGPなど印象的な活躍をみせた。
2002年にアロウズがF1から撤退してからもウォーキンショーはモータースポーツ界に関わり続け、オーストラリアV8スーパーカーに参戦などを続けていた。しかし、今年のF1イギリスGPを最後にF1のパドックには姿をみせていなかった。
日本のモータースポーツ界が最も華やかだった頃、ヨーロッパの最強チームのひとつでありファンにとっても『TWR』のチーム名は馴染みが深かった。心から哀悼の意を表したい。