東日本大震災の風景・メールから | 終の棲家と大腿骨頸部骨折
その1  私は32階のオフィスで何度もやってくる地震の度、ヘルメットをかぶり、スニーカー、ジーパンに着替えたままデスクの下に避難していました合格
宮城と茨城の地震は相当大きく32階ではそれぞれ15分間ぐらい長いこと右から左へと揺れていました。荒れた海を航海している船にのっているようでちょっと気分が悪くなるような気がしました。]

 オフィスには暖かい非常食や毛布が備えてあり、電気も水も、きれいなトイレにも普通に入れたので、無理に帰宅せず、そこで一夜を明かし、(床の上でほとんど眠れませんでしたが)翌午後タクシーとバスで世田谷の自宅に帰りました合格 もう道は空いていたので30分で帰宅でき、地震があったなんて嘘のように普通の街に戻っていました。
幸い自宅のマンションも何ひとつ落ちてはいませんでした。ほんとうにこの地域でも揺れたのかどうか知りたくて、隣の住人に聞いてみたところ、やはり大分、横に揺れたそうです。そして、一時は世田谷通りもボロ市の時のように帰宅者であふれかえっていたそうです。

 現在オフィスは閉鎖中でとりあえず連休明けに仕事を再開する予定ですが、状況によってはまだ更新の可能性があるそうです。やはり原発の行方が一番の関心事なようです。
 
先週帰宅してから、

すぐに買い物をしたのでとりあえず食料は十分あり、現金も引き出しておいたので、ゴミ捨て以外は外出を控えています。神戸の地震の後にいろいろと準備はしておいたので、結構避難物資は備えてあります。カセットコンロや非常時用のトイレもあるのですよ。今日の医者の予定はキャンセルしました。明日の歯医者はどうしようかな?