道路に追われて・過ぎたるは及ばざるが如し | 終の棲家と大腿骨頸部骨折

( ̄^ ̄)大気汚染から逃れて此処に終の棲家を建てて一年、近くの道路を二車線にする話が持ち上がっている。

 地域の活性化のため農産物を運ぶとか生活道路の整備という名目、一方で安全、健康的な街づくりを目指すという、相反する命題。

 心配なのは通学路である道そのものの安全性、住宅地をバイパス化されること、そして大気汚染、騒音、工事のための工事でなければよいがはてなマーク ::まず、車社会が地域の活性化になろうかはてなマーク 現に私はTX沿線のあまりにも立派過ぎる道路、そして駐車場が立ち並ぶ様をみて又K市の二の舞になる・・・、少々不便でもと此処を選んだ。次に安全面ではどうだろう!? 車で通り抜け出来る道が多すぎる、ちなみにイギリスの地方都市の住宅地は、一つのコミュニティは行き止まりになって車で通り抜けられない所が多い。 近隣の畑をつぶして道路を敷設したところの農家はブロック塀続きで暗く、安全とは程遠いように思われるドクロ 大きな地震では間違いなく道を塞ぐだろう。 住宅地の近くに道路が作られると、浮遊粒子状物質、窒素酸化物等など大気汚染により、洗濯物やカーテンは黒ずみ、窓は開けられず、一軒又一軒と歯の抜けるように余裕のある家から先に去り(ノ_・。)、その結果として商店街は寂れ、味気ない何処にでもあるような駐車場だらけの街が生まれた例を嫌というほど見てきた。知ってか知らずか、市会では地域の活性化や非常の際に道路が狭いとかを理由に、道路建設論者が多い。

 一方、当地にはコミュニテイバスというものがあるが、利用者が少ないので「空気を運んでいる」などと言われている。しかし、それしか乗り物が無い者から見れば全ての乗用車は1人か2人で、これらのバスと同じように、或はそれ以上に空気を運んでいるようなものである!?。 歩いて暮らせる街づくりの発想が元々無いし、車所有が当たりまえになっているから大気汚染など二の次なのだろうか、或はそこまで経験が無いので考えが及ばないのか、相変わらす道路、道路と議会でも繰り返されている。車で食べさせてもらっているような、この国の宿命かも。


なお、コミュニテイバスの利用者が少ないのはニース゛を掴めていないからである。畑の中のバス停には誰も用事はないのだから(^-^)/