stelvio:小言の多い傍観者

stelvio:小言の多い傍観者

好きなことを好きなときに好きなだけって‥そりゃワガママだ。

520と525、乗ってみてトルクの差の違いが面白かった。

でも私は非力な2Lがきらいではない。



全ての動作に車体の質量を感じながら舵取りするのが重厚で

決して私はイヤではない。

もちろんプラスアルファの2.5Lのゆとりもそれは嬉しい。

まあ‥

もとより走り屋じゃ無いので、お気に入りの車とともに

生活出来ていれば、それで十分な人間だ。



毎日の通勤を問題なくこなせて

休みの日には楽しくドライブして

美味しいモノを食べに行ったり、綺麗な景色を見に行ったり

それが重要なのだ。

そこで最近思うことがある。


「もう、これでいいんじゃないかな。」


っていう気持ちだ。



笑い話になるが、マセラティを売る前はいすゞエンジンの二代目

エランが気になっていた。これはすごく面白そうだなぁって。

でも、半年後にはそんなワクワクはもう消えていた。

きっとまた、相当な苦労を要求してくるだろうな‥と。



楽させてもらえる、という贅沢。

左右ハンドルは違うけど同じ車種なら操作系は同じなので

余計なことを考えなくて済むのが好き。

こいつのクラシカルな丸目四灯の顔つきは好みだ。

見た目が好きでないと乗る気にならない私のハードルは

サッサと超えてくれている。

何となく大人びた雰囲気をさえ感じるのも嬉しい。



四つドアがあると便利。普段使用ではずっと感じていた事だ。

意外に小回りが効き、明るい充分にルーミーな車内。

車幅もそれほどデカくはなく、対向時も安心。

走るとエンジン音は鳴ってくるけどクルーザー的な乗り心地

なのが私にはとても良い。

(ホイールベースのおかげかな?)

エアコンはめちゃくちゃ効く。今までとは別世界だ‥



色んな意味でトータル的に満足している。

ていうか?それ以上を期待していない。

もうこれでいい。

車というものに、満たされてしまった。


かつて430を引き取って貰ったとき、

お店の社長さんにこう言われた。

「まあ、一休みしたくなったんでしょう」

「そういう方、多いんですよ。」

(そういう人もしばらくすると、多くは)

「また戻って来ますよ(イタ車の世界に)」



‥どうだろうか?



ピアッツァを売った時、いや、その少し前からかな?

もう、そういう人間では無くなっていた気もする。

確かに、一時期イタ車に憧れが有ったのは本当。しかしもう、

絶対そこに行きたい!とはあまり思わない。

‥充分堪能したからね‥

元よりアルファな人では無いと見抜かれていたし、どちらかと

言うとランチア、自分好みでマセラティを選ぶ人間だったけど

かと言って別にドイツ車の人ってわけでもない。

そこまで言うなら多分ベンツの人っぽいかなとは思うけれど。

最善か無か?なんて言う程、今はストイックでもない。

この5シリーズ、出来がいいのは確かだし‥

安心して乗れる感はイタ車より間違いなくこっち。

エンブレムに色がついてるのも、ドイツ勢ではこれだけだ。

(あ、ポルシェ色あったなw買わないのでスルー)

そこらじゅうに同じエンブレムは居るけど

自分には初めて所有なので、この水色と白は新鮮に映る。

暖色系でないトーンが私の熱量と共鳴して馴染む気がする。

ちょっとエンジン屋さんの匂いのする独のBMWって

案外、私らしい落とし所なのかも知れない。


もう、これでいい。と思ってしまうのだった。










最近アメバブログがうざい。
フォローしてる方のブログのコメント等を見ようとするだけでいちいち広告ページが邪魔をしてくる。
その時点でアプリ消してしまうんだけれど。
そんな事までして割り込ませて不快な気分にさせたいのか?
逆効果と思うんだが、認知度上がればそれでよしなのか?
閲覧されたとデータ上で言えると言うロジックなのか知らないけど。
もう、そう言うのいいかな?

520には、マセラティの時のものを記念にと
取り付けていました。

今回525の方にも何か考えてやろうと思っていたのですが

なかなかいいのが無い。

多分、鍵タイプじゃ無いリモコンキーになってから

キーホルダー文化そのものが無くなったのでしょう。



いろいろ見ていて中古の革製でしたが、面白いのがあったので

購入した次第です。

BMWマークは独立したメタル製で、地球儀のように

クルクルと回ります。

ちょっとした遊び心が嬉しい。

私はメタル心棒者なので(笑)プラスチック製のモナカキーは

どうしても好きになれません。

その時点でもう、嫌になる。

写真で見るより大きかったですが、525のキーは

持ち手が大きいのでバランスはいいかな?



差し込むとこんな感じに。

やれたネオクラにはこのくらいが丁度いいのかも知れません。

入れ替えのタイミングで、撮って見ましたが



オーソドックスなパーソナルセダンのお手本のようだと思いました。

もうセダン自体が死語で有り、絶滅危惧種。
かろうじてSUVやスポーツハッチに化けることで
延命されてるに過ぎません。

まあ私は捻くれ者なので‥
無いとなると欲しくなる。



こうしてみると、ソリッドとメタリックのカラーの違いで

印象が変わるのが良く分かりました。


でも‥何やってんだろうなぁw


どうしてこんな事になっているのか?

ピアッツァが去り520だけが残る生活。その予定だった、

という訳ではありません。

むしろ次期候補を模索していました。

もう少し楽な車趣味の道をです。



色んな考えがよぎりました。

それは車だけのことでは有りません。

これからの生活のこと、です。

そうして考えていくと、こうなった?

と言うほか無いのですが‥



正直、自分でも驚いています。

私は全然「BMWの人」では有りません。

でも、外から見るとそういう風に見えるんだろうな‥。



そう言われる事にいちいち反論するのも面倒くさいのですが

今の私にこの5シリーズがベストマッチであるという

結論に達したのでこう言う事になりました。



ちなみにこれは525です。500cc分トルクがあって使いやすいです。

ハンドルもこちらは左なので寄せる時、意外と便利です。

気に入っています。

ちょうど良いクルマです。

逆に言うと?そんな車、ほかに無いです。




ピアッツァの売却が決まりました。



突然のことと思われるか知れませんが、自分自身少し前から

考えていた事です。

子供の頃から気になって、でも現役時代には手を出せなくて

リアルに自分のモノにしたのはアルファ・スパイダーの更に後でした。



旧い車に突入した私のアイデンティティとも言える記念碑でしたが

いよいよお別れです。

調子は悪く有りません。(たまに警告灯つくけどね?)

もう最後か?と思い、いつもの道を少しドライブしました。



この細身のステアリングを持つのがすごく楽しみであり誇らしかった。

実際、何処へ行ってもややディープな車好きの方々の視線を当たり前のように集めてましたから、嬉しかったです。


もともと15年一緒にいれれば御の字‥と最初の時から思って

そういうふうにブログにも書いていましたし、そろそろ潮時かな‥って。

愛着はすごくあります。今でも大好きです。

他の市販車とは異なる美しさだと思います。

でもまあ、仕方ない。

そろそろ次の誰かに委ねるべき時だと判断しました。

‥お別れです。



そう思ってか?思わずか?最近お色直しもしてあげました。

気持ち良く送り出して上げたいという私のささやかな自己満足です。

ジウジアーロの引く線(直線)が好きです。

117やイソグリフォの様な微妙なラインに敬意を表しますが

私の現在の好みはやはり直線です。

車だけどある意味車っぽくないスタイル。

内外装、サイズとも、見るたびに使うたびに教えられるようで‥

自分にとっては本当にしっくりくる名車でした。

パワーとか限界性能とか、そう言うのに縛られない境地に居る

車好きにとっての異種的存在。

そういう成り立ちと立ち位置が好みでした。

私にとってはいつまで経っても「未来形の車」ってイメージ♪



こんな大きく開くボンネット♪

ほとんどないよなw



いすゞの車に愛情を持った、よきご主人様のもとへお嫁にいきます。


‥ありがとうな。


ずいぶんご無沙汰しています。が、生存しています。



前回より何ヶ月も経ったみたいですね。思えば去年の夏、マセラティとお別れしてから一年経ちました。

変わりましたね、生活は。



もう車のことをそれ程考えなくても良くなりました。この考えなくても良い状況っていうのは、いい意味で悪くはないです。あれ?日本語おかしいかな?まあいいや。

とにかく、日々別にコンディションに神経研ぎ澄ます事もなくふつーにお付き合いしてて大丈夫な車たちです。



そう言えば?というか、ブガッティのミニカー製作もピタリと止みました。じつは紺色のアトランティークの塗装済みボディもエンジンもインパネも椅子も出来上がってあるのですが、カバーに包んだまま放置してます。



興味が無くなったわけでは無いのです。車もそうですが、何となく捉われる?(囚われる?)ことが無くなったのです。それにしてもあんなに一生懸命作ってたのに、今は全く手を出していません。車の冷却水も一年以上チェックしてなかった事に最近気づきました。



燃えない?萌えない?どちらでもいいのですが、脳内をその事柄が占めることが減りました。心配したり悩んだりする事がない分気が楽です。

でも、何だろう?季節で言うなら秋の風を感じてしまうのです。

燃え立つ夏のバイタリティー溢れた季節に良くも悪くも翻弄され、活動せざるを得ない時期が過ぎ、心地よい風が吹いてくる‥それは良いことなのだけれど、やはり寂しさを伴う。

あの燃え立つ季節や初々しい春の輝きは、もう過去になってしまった感が否めない。

仕事もルーティンワーク化し、何か?別の何かを欲しているような気持ちはずっとあります。



さて?これからどうしよう?さて?これからどうなるんだろう?






。。。。。

久しぶりに高雄に行って来ました。


日本車特集?のようです。


懐かしい。






あら、初見かも?




意外と珍しい3の4ドア。




ジウジアーロの箱。




あったなぁ。





居並ぶお歴々の中にいても、うちの子もクラシックな雰囲気は

負けてないな‥と、ちょっと確認出来たのは収穫でした。



今まで辿ってきた道のりを振り返り、これから先の道のりを想像する。
人はそうやって、生活を送り、周期性に気がつくと、暦の発明を促しました。

めぐる季節に生命のサイクル、死生観を伴う摂理を感じ取ると、物事の根幹に横たわる「真理」に触れたような気がしてくるものです。
何代かにわたって人間の一生を見る経験を積むと、自分もその一個体に過ぎないということを理解し、人生のマップを無限大には広げられないことをつくづく思い至るようなります。

私も最近、そういう目で自分自身を俯瞰して見てしまう傾向があり、残り時間の配分と重要性が悩ましいです。

今までは目の前の道はある種ゴール地点を目指す道であったように感じていましたが、この頃は先に見えるのはゴールではなくて、ただ闇にスーッと消えていく道があるだけの風景です。その闇はどこから始まってるのか?どこかに切りがあるのか?さえさっぱり分かりません。でも、なんとなく闇にだんだんと近づいている。それだけが認識されるという‥そんな感じでしょうか?

自分は何がしたいのか?

その答えを導くために、自分と向き合います。しかし、これがなかなか難しい。向き合っても明瞭な答えが得られない。

もっと深掘りしなくては。もっと‥もっと‥。

もうこうなると「?」マークのスパイラル。未だ、五里霧中です。が、一つだけキーワードを見つけました。

それは「時間」。

これからの自分が最も大切にしたいもの、

それを象徴するものとして「時間」というのは、ポンと腑に落ちる気がしました。

綺麗な景色を見る時間、楽しい人たちと過ごす時間、美味しい物を頂く時間、美しい音楽を興ずる時間、そしてお気に入りの車でお出かけする時間。

いっぱいあります(笑)何をしてもいいのです(笑)そして、それは有限です‥‥。

もちろん、ここで抜けているものもあります。例えば人のために尽くす。など高尚な目的です。それはとても大切ですが、あえて書きませんでした。気恥ずかしいからです。少なくとも、普通の日本人なら、そういう因子は生まれつき持っていると考えますので、あらたまって標榜するのもなんか居心地悪いでしょう?普通に生活してたら大なり小なりお互い誰かの支えになっているものです。ですから、それについては詳述しません、ご容赦を。

これからどういう時間の紡ぎ方をして行くのか?

それは確かに、残りの人生にとって重要です。

ですからどうでも良い些事には、可及的最小限の関わり以外持ちたくないと思うのが今の心境なのです。



いつもの懐かし車ショウに行きました。



コロナや私事で、遠ざかっていたのです。



私が初めて参加してた頃は、なかなか出場車も集まらないとかで、お呼びが掛かったものでしたけど、最近は業者さんやミリタリー系も参加して、台数の心配も無くなったようです。



まあ、それだけネオクラも認知されてきたと言うことでしょうか?



ここは食べ物が美味しいので嬉しいです。



たまに面白いやつもいますねぇ。



ところがお昼頃から急激に蒸し蒸しし出して(カレーのせいじゃなく)

気持ち悪くなってきて、早々に退散しました。

(ちょっと残念)

なかなか奇妙なお天気でした。