今朝、いつもより早い電車に乗ったら珍しく座れた。隣の席に座ってる女子がなにやら読んでいるのを盗み見たところ、フローレンス=ナイチンゲール著の『看護覚え書』だった。

いまでもこの本は教材として使われてるのかと懐かしく思い出された。
看護学校に入学し、一般教養と平行して始まる専門科目の皮切りは看護学概論であり、そこで初めに手にするのがこの『看護覚え書』であった。これを読み、レポートを書くという課題があったが、あの女子も同じような感じなのだろうか。

医療が進歩し、機械化されていったとして、人間の体はこの数百年を振り返ったところで、さほどの進化を遂げたりはしていない。…だろう。

人の身体が変わってないなら、この覚え書に書かれている看護も、まだ現役で使えるということだ。
シーツの皺ひとつが食い込んでいき、褥創(床擦れ)の原因になる。とか、換気が環境整備のまず始めに行うべきこと。とか、細々した衣食住にまつわることが看護として記されている。…だったと思う。

ものすごく難易度が高いことではないけど、想像力がないと気づけないようなことばかりだ。

ナイチンゲールが今、現世に生きていたら、どんどん改訂版をだしていたかも知れないなあ。でも、基本は変えなくていいんだものね…。

昔、ナイチンゲールが生きていた時代、いいところの子女は仕事なんかするもんじゃないと言われていたらしい。彼女は鉄の意志で(多分)、看護を仕事にし、地位を上げるべく仕事を体系化し、養成まで漕ぎ着けた。今ならもっと自由に仕事を選べるのだけど、そしたら彼女の『看護覚え書』は生まれていただろうか。

あの本は、うちの本棚に今でも眠っている。捨てられない一冊のひとつなんだろうな、と思う。