2月にあった二分の一成人式のあとにむすめからもらった手紙を今朝読んだ。目の前で読まないでと言われていたし、むすめの気づかないところで、こっそり読むくらいのデリカシーは持ってるってば。

もったいないようで封が切れなかったのもあるし、宛名のところに「お父さん・お母さんへ」と書いてあって、普段は「ママ」だったから、何だか自分のことじゃないみたいな感じがして、「もじもじ」した気持ちになっていたというのもある。そして今朝は何となく読みたくなった。だから読んだ。

「ありがとう」に溢れた手紙だった。むすめにしてみたら照れ臭いから自分がいないところで読んで欲しかったんだろうけど、こっちは涙やら何やらが出てる変な顔を見られたくなかったから、一人で読んで正解だった。

単純で、瞬間湯沸し器で、大した我慢もしないで接してきて、さらに「もっと私を頼ってね」と言われては何も言えない。

「お父さん」「お母さん」それぞれに宛てたメッセージもあって、それは、それぞれを彼女がしっかりと見つめた上で書いたものなのだろう。私たちはそれぞれ読んだ。お互いに何も言わなかったけど、それぞれの胸のうちでこれからのことを思った。彼もきっとそうであったに違いない。今までのままでよいと思えた部分と、変えていきたいと思った部分。

私に頼ってと言われずとも、無意識にどれだけ助けられているだろうか。こちらの方こそどのくらいありがとうを言ったら足りるんだろう。

例えば、これからの十年を経たあと、少しでもマシな自分でありますようにと願わずにはいられない。彼女が例えば進学して、あるいは就職して家を出るなら、一緒に暮らせる日々は十年を切ったのかもしれない。浪人したって構わんからね~、と言ったらいやがりそうだしな…

彼女が願う幸せが少しでも形になるように、私たちが出来ることがあるならもう少し、もっとがんばるよと心の中で返事を書き留める。