この前の日曜日は市議会議員の選挙があった。
憲法9条を守ろうと盛んに呼び掛けていた党に所属の人はみな当選。議席も増えていただろうか。
投票率は毎度40%未満なので、なんとも言えないけど。
3割の投票率で7割の議席獲得だからって、あぐらかいてる党もあるんだから、いいのか。
小学校にエアコンを設置しますというのも大きい。
特に不便を感じることもない、市民病院の移転建て替えより、まず小さい子達の環境改善じゃないかとは思う。
エアコンなしの猛暑はやばいだろ…
デモには参加しない、何にも言わないじゃだめだなあと思いつつ。
前の戦争の時だって、みんないやだと思いはしたんだろうけど、声はあがらないまま、綱引きの綱がずるずる引っ張っていかれるのを諦めたように見ながら、巻き込まれ死んでいったのだろうか。
一方で、おおきな船を思い浮かべた。大きな船は向きを変えるにも時間がかかるだろう。水面下の見えないところもでーんと船体が隠れている。鈍く見えたとしても、意思を持っている動きはでたらめなんかじゃない。
ボートのように素早く方向転換できないけど、簡単にはひっくり返らないはず。
船頭に問題があればもちろん、沈没するのだが…
誰かはやくあの船頭をひきずり下ろしてよと願うけど。もしかしたら、水面下では何か起きているかも知れない。起きていないかも知れない。
あのひとに任せてたら国は滅ぶかもと本気で心配している。日本人でいることが辛くなるなんて、悲しいことだと思う。
そんな小さな叫びが集まって船を動かしていくのだろうか、そう願いたい。
昔、前の戦争の頃、戦争反対と言えば非国民だと咎められた。今となっては何も言わずにアベ政治を見逃してるほうが罪ではないのだろうか。
この前、映画を観に行った日、映画が始まるまで時間を過ごそうと本屋に行った。
はだしのゲンが平らに並べられていたので、傍にいたむすめと手に取って読んでみた。
もうひとつ反戦といえば、火垂るの墓は見るのがどうにも辛くて避けてしまう映画だし、はだしのゲンといえば、むき出しにされた現実が強烈で逃げたくなる漫画だ。
火垂るの墓は毎年のように放映されるけど、ひきずってしまうのがしんどくて避けてしまう。弱い自分。
はだしのゲンの1巻はピカが落ちる前の戦争中とはいえ、笑いもあった家族の暮らしが暗転、燃えてなくなる。死体の山が遺されたところや急性の放射能による後遺症や広島市のまちの様子が描かれている。
皮膚が瞬時で溶け、むき出しにされた筋肉が拘縮して、死んでいった。
ウジガわき、腐っていく。助けていた人もまた、下痢をし、斑点が体にあらわれ、血を吐き死んでいく。そして死体に変わる。
地獄はこの世界にある。
むすめは顔を強ばらせ、無言で歩いていた。
戦争を知らない世代なら知らないままがいい。体験はなくても、私たちは有り余る想像力で補うことができる、歴史を知ることはできるのだから。背けたくなる過去をあえて見直さなければならないときがある。
戦争をおこさないようにと、異なる意見を持つ人間とたたかわなければならないこともあるだろう。
それを避けてたら、そこに転がる死体に変わるんだろう。変わり果てた子供の姿にすがって泣かなければならないだろう。
戦地に赴き、よその国で人を殺す。殺さないで済んでも殺されることはだろう。生きたまま、人間性が死ぬこともある。
そういうのは未来永劫味わいたくない。だから、せめて、今の憲法は守りたいと思うのだ。
憲法9条を守ろうと盛んに呼び掛けていた党に所属の人はみな当選。議席も増えていただろうか。
投票率は毎度40%未満なので、なんとも言えないけど。
3割の投票率で7割の議席獲得だからって、あぐらかいてる党もあるんだから、いいのか。
小学校にエアコンを設置しますというのも大きい。
特に不便を感じることもない、市民病院の移転建て替えより、まず小さい子達の環境改善じゃないかとは思う。
エアコンなしの猛暑はやばいだろ…
デモには参加しない、何にも言わないじゃだめだなあと思いつつ。
前の戦争の時だって、みんないやだと思いはしたんだろうけど、声はあがらないまま、綱引きの綱がずるずる引っ張っていかれるのを諦めたように見ながら、巻き込まれ死んでいったのだろうか。
一方で、おおきな船を思い浮かべた。大きな船は向きを変えるにも時間がかかるだろう。水面下の見えないところもでーんと船体が隠れている。鈍く見えたとしても、意思を持っている動きはでたらめなんかじゃない。
ボートのように素早く方向転換できないけど、簡単にはひっくり返らないはず。
船頭に問題があればもちろん、沈没するのだが…
誰かはやくあの船頭をひきずり下ろしてよと願うけど。もしかしたら、水面下では何か起きているかも知れない。起きていないかも知れない。
あのひとに任せてたら国は滅ぶかもと本気で心配している。日本人でいることが辛くなるなんて、悲しいことだと思う。
そんな小さな叫びが集まって船を動かしていくのだろうか、そう願いたい。
昔、前の戦争の頃、戦争反対と言えば非国民だと咎められた。今となっては何も言わずにアベ政治を見逃してるほうが罪ではないのだろうか。
この前、映画を観に行った日、映画が始まるまで時間を過ごそうと本屋に行った。
はだしのゲンが平らに並べられていたので、傍にいたむすめと手に取って読んでみた。
もうひとつ反戦といえば、火垂るの墓は見るのがどうにも辛くて避けてしまう映画だし、はだしのゲンといえば、むき出しにされた現実が強烈で逃げたくなる漫画だ。
火垂るの墓は毎年のように放映されるけど、ひきずってしまうのがしんどくて避けてしまう。弱い自分。
はだしのゲンの1巻はピカが落ちる前の戦争中とはいえ、笑いもあった家族の暮らしが暗転、燃えてなくなる。死体の山が遺されたところや急性の放射能による後遺症や広島市のまちの様子が描かれている。
皮膚が瞬時で溶け、むき出しにされた筋肉が拘縮して、死んでいった。
ウジガわき、腐っていく。助けていた人もまた、下痢をし、斑点が体にあらわれ、血を吐き死んでいく。そして死体に変わる。
地獄はこの世界にある。
むすめは顔を強ばらせ、無言で歩いていた。
戦争を知らない世代なら知らないままがいい。体験はなくても、私たちは有り余る想像力で補うことができる、歴史を知ることはできるのだから。背けたくなる過去をあえて見直さなければならないときがある。
戦争をおこさないようにと、異なる意見を持つ人間とたたかわなければならないこともあるだろう。
それを避けてたら、そこに転がる死体に変わるんだろう。変わり果てた子供の姿にすがって泣かなければならないだろう。
戦地に赴き、よその国で人を殺す。殺さないで済んでも殺されることはだろう。生きたまま、人間性が死ぬこともある。
そういうのは未来永劫味わいたくない。だから、せめて、今の憲法は守りたいと思うのだ。