通夜、葬儀は生まれ育った地元で行うことになった。幼い頃しょっちゅう遊んでいた場所、幼なじみの葬儀屋…

母も懇意にしていた方にお世話になったので、かなり良心的で良くしていただいて、変な話、追加料金一切なく、ぽっきり価格。葬儀というのは、オプションだらけの追加料金だらけとよく聞きますが、かなり立派な祭壇だったのに全部込みで70万ほどでした! 弟は現役で仕事していたので一般葬にしたほうがいいと仕事関係の方に言われたので一般葬にしたのにもかかわらず。

100名近くの人が通夜に来て下さって、正直かなり大変でしたが、家族葬にして後々お参りだけでもと家などに来られるのを考えると、きちんとお別れしてもらう方がいいのかもしれません。

深夜、甥っ子たちが線香を見ながら、棺の前で話をしていた時に、大きな蘭の花がもぎ落ちるように大きな音をたてて落ちてきたそうで、かなりビックリしていました。

通夜と葬儀の時にも不思議なことに、花が一輪だけ上下に揺れていたりと、何人かがそれに気がついて、弟の存在をそこに感じたと言っていましたが… そりゃ、あまりに突然のことで一番本人が驚いていることでしょう! でも、俺はここにいるからとみんなにアピールしていたのかも…

甥っ子が喪主になり、弔辞では臓器提供のことについてお話しをすることになりました。
臓器提供された方々の状況や、その方達がどのような病気で苦しみ、そして弟の臓器により命を繋ぐことができたということを説明させてもらいました。

皆それぞれ価値観が違います。否定的な方もいます。ですが、弟が臓器提供をしたことで殆ど方が身近な事と感じることができて、そして肯定的に受け取ってもらえたようでした。
たくさんの人に見送ってもらって、48歳という短い人生でしたが、太く短く生きた人生でした。

火葬が終わり、本当に人って死んだら骨しか残らないんだと実感する…
もし、臓器移植提供の意思を示さずとも、搬送から2日目には亡くなっていた弟。臓器移植なんてしたくないと、そのままの姿で火葬されても結局残るのは骨だけ。
弟は生涯独身で嫁も子供もいなかった。何も残すものはなかったけれど、今も弟の心臓は鼓動を打って、命を繋いでいます。心臓、肺、腎臓、眼球
それらの臓器の提供を受けた方々は、皆さん、本当に感謝しています。とメッセージをいただきました。弟はその人たちの身体の中で感謝とともに生きていくことができるのです

自分が生きてきて、死んだ後に何を残せるか、そんな事考えたこともなかったけれど、それはたぶん何かを残そうとか思って生きてないからだと思う。よくよく考えてみたら、自分は何が残せるんだろう?
この臓器移植提供の遺族になったから、そんな事を思うようになったんだと思う…


つづく



つづく