先日、神戸から乗船したリージェントセブンシーズ・ボイジャー内で日経新聞の取材がありました。私は2003年に初めてクルーズを経験してすっかり魅せられてしまった.....。


日本経済新聞社

実は高根の花じゃない 豪華クルーズ旅行  編集委員 松本和佳
2015/3/18 7:00日本経済新聞 電子版
 大型客船でのクルーズ旅行と聞くとどんなイメージが思い浮かぶだろう。タキシードとドレスのカップル? 巨大な踊り場のあるらせん階段? 裕福なシニア層? 未経験者にとってそのイメージは、いまだ映画「タイタニック」の富豪たちや「リタイア後の世界一周」といった域を出ない。「1度乗ったらのめり込む」といわれるクルーズ旅行の真の魅力とは何か。東京に寄港中の豪華客船を取材してみた。

晴海客船ターミナルに停泊するラグジュアリー船「セブンシーズ・ボイジャー」。その姿は巨大なマンションのよう
晴海客船ターミナルに停泊するラグジュアリー船「セブンシーズ・ボイジャー」。その姿は巨大なマンションのよう
■巨大なマンションのような客船

 3月上旬の夕刻。東京都中央区にある晴海客船ターミナルに向かう。近づくにつれ見えてきた白亜の船体は、まるで巨大なマンションのようだ。この日、試乗させてもらうのはバハマ船籍のアメリカ船「セブンシーズ・ボイジャー」。ラグジュアリークラスといわれる高級タイプの客船だ。700人の乗客と447人の乗務員を運ぶが、クルーズ船の中では小型に位置づけられるのだそうだ。

 実は客船は大規模なものほど大衆向けになる。客船のクラスは大きく分けて、ラグジュアリー、プレミアム、カジュアルの3種類。さらに最上級のものとして、乗客数が少なく、マンツーマンに近い接客が受けられるブティッククラスがある。高級なラグジュアリー船が1万~5万トン程度なのに対して、カジュアル船は20万トン以上、乗客が5000人というものもある。

 カジュアル船は旅行料金が低価格というメリットはあるものの、レストランには長蛇の列、プールは大混雑、などという場合も少なくない。その点、ラグジュアリー船は乗客1人あたりの客室面積が広く、従業員も多い。レストランの料理からタオルといった備品に至るまで選び抜かれ、質の高い船旅が満喫できるという。

 世界で400隻ほどあるといわれる客船のうち、ラグジュアリー船は20隻程度と希少性が高い。ところが、まったく手が出ない料金というわけでもない。最近では日本から予約できるツアーも増えてきた。

■至れり尽くせりのラグジュアリー船

 「断然、ラグジュアリー船以上に乗るのがおすすめです」というのは、クルーズ旅行のコンサルティングを行うクルーズコンシェルジュ、保木久美子さん。米国で主婦をしていた10年ほど前、客船に魅了されて旅行会社に就職し、日本に帰国後、クルーズの啓蒙活動を始めた。今では全国のセミナーの講師にひっぱりだこだ。それだけ日本人はクルーズ旅行の動向への関心が高いということだが、その割には理解が乏しいという。「『言葉に不安があるから』と、つい日本の船を選びがち。でも、会話ができなくてもなんとかなる。外国船でラグジュアリークラスを選べば楽しみはもっと広がる」

 船室や設備の豪華さ、食事の多様性、バトラーの対応などに加えて、ラグジュアリー船の大きなメリットは「手軽さと、束縛や制限の少なさ」と強調する。例えば「オールインクルーシブ」。飲食、チップ、寄港地での観光、船から出すハガキの切手代まで、すべてが旅行代金に含まれる。超高級ワインや葉巻など特別なものをのぞき、船内のほとんどのサービスが無料なうえ、各寄港地での費用もほとんどかからず、たびたびサインしたり、財布を開くわずらわしさがない。それでいて1人1泊400~600ドルほど。はたして「やっぱり高い」とみるか、「意外に高くない」とみるか。

さまざまな国籍のお客やスタッフがレストランに集まってくる。これぞグローバル
さまざまな国籍のお客やスタッフがレストランに集まってくる。これぞグローバル
 例えばゴールデンウィーク期間中にバルセロナ発~ローマ着という5泊6日のあるラグジュアリー船の代金は2650ドルから。現地までの飛行機代は別にかかるが、格安航空券を手配できれば、合計50万円程度で相当ぜいたくな1週間の旅行が楽しめる。しかも早く予約すればするほど、割引がきくことも多い。

 では、実際の船内の雰囲気はどうだろうか。夕刻に訪れたセブンシーズ・ボイジャーには、東京観光を満喫した米国人の乗客たちが続々と戻ってきた。夕食までのひとときをバーやデッキでくつろぐ。船内ですれ違う従業員の国籍はイタリア、トルコ、インド、中国と実に多様。船内に足を踏み入れた瞬間から非日常の異国情緒を味わえる。

 日本船では日本人従業員が大半を占める。一方、アメリカ船では船籍をバハマなどにすることで、乗員の国籍要件などの規制が緩和される。このため一隻あたり50カ国ほどの国籍の人が働いているのが普通だ。世界各国のお客とともに乗り込むのは、整備士、ショーの団員、美容師、医師……。従業員はたいてい4カ月間乗船、2カ月間休暇といったサイクルで働いている。船は世界中の人が働く、動くホテル。しかも、ホテル以上にコミュニケーションは濃密だ。ベッドメークでもレストランサービスでも、毎日同じ従業員と顔を合わせるため、家族のような感覚が生まれてくるという。

■デッキでジョギングも

 毎日部屋に届く船内新聞には、寄港地での観光ツアーや船内でのイベントがふんだんに掲載されている。運動したければ本格的なフィットネスジムとプールがあり、デッキではジョギングもできる。船内では毎日、刺しゅうに絵画、陶芸、語学などさまざまな教室が開かれ、ライブもシアターも図書室もカジノもある。4~5カ所あるレストランでは日替わりで多様な料理が提供される。至れり尽くせりのサービスを満喫するうちに、船を降りることを忘れてしまうかもしれない。

客室のベッドにはスーツケースの汚れを防止するシートが。ウオークインクローゼットやバルコニーが完備された室内。まさに動く高級ホテルだ
客室のベッドにはスーツケースの汚れを防止するシートが。ウオークインクローゼットやバルコニーが完備された室内。まさに動く高級ホテルだ
 もっとも、豪華な設備や上質なサービス以上に記憶に残るのは、人との出会いだろう。リージェント・セブンシーズ・クルーズの日本総代理店、トラベルアライアンス(東京・港)の因泥友子さんによれば「最近目立つのが40~50代の女性。リフレッシュするためか働く女性の1人客も増えている」。

 各船会社がオードリー・ヘプバーンを起用した広告を打ったり、女性誌で特集を組んだり、書店がコーナーを作ったりした結果、顧客の若返りがじわり進んできた。のんびりと船旅を過ごし、そこで知り合った人と次の船旅での同乗を約束し、リピーターになっていくのだとか。「インターネット環境が整い、ニュースも株価も分かる。裾野は広がっている」と因泥さんはいう。

 東京在住で銀行勤務の40代女性はすでに4回、クルーズ旅行を経験した。いずれも1泊500ドルクラスのラグジュアリー船で1週間強のバカンスを楽しんだ。「さまざまな国の乗客と親しくなれたのが宝物。各国の女性たちのコミュニケーション力にとても刺激を受けた」。朝食会などでシングルの人たちどうしが仲良くなれる機会を設ける船も多い。この女性会社員はハワイに住む同世代のカップルと意気投合し、翌年はヨーロッパクルーズに一緒にでかけた。「外国文化、服装、食事のマナーなど、改めて立ち居振る舞いを磨くきっかけにもなった」

■豪華客船の寄港を望む地方

 国土交通省によると13年の日本人のクルーズ旅行利用者数は前年比9.9%増の23万8000人と過去最高を記録。外航クルーズ乗客数は14.8%増の13万8000人と大幅に増えた。世界のクルーズ人口は2000万人ともいわれている。1000万人を超すアメリカをはじめ欧米に比べるとまだ市場規模は小さいものの、経済的に安定している日本への関心が高い。

客船の種類
1人1日あたりの平均料金 特 徴
ブティック 約6万円から アトラクション控えめで乗客数百人規模。1万トン台
ラグジュアリー 約4万円から 小型~中型船で乗客700人ほど。高級感を味わえる
プレミアム 約2万円から 客船は幅広く、クルーズ日数は10日以上のものが多い
カジュアル 1万円程度 最大級の船は22万トン、乗客5000人規模。モールなども
※「セッテ・マーリ」、「クルーズシップコレクション」を参考にした
 保木さんは最近、北陸新幹線開通で観光客誘致に熱が入る金沢でセミナーを行ったが、地元の業者の関心の高さに驚いた。一隻あたり1000人以上の乗客乗員を擁する客船が近くの港に寄港してくれれば、それなりの規模のインバウンド消費などが期待できるからだ。

 「ただ、まだ実像が知られていない」(トラベルアライアンスの因泥さん)。1970~80年代のカリブ海周遊クルーズで、一気にクルーズが大衆化した米国では、「カーニバル」ブランドのクルーズ船をはじめとする家族で楽しむ船から高級船まで多種多様。またアジアの船でもカジノを主体としたものなど特色を出す船があるほか、今後は医療設備を充実させた客船なども出てくる気配。

 実際、クルーズ旅行がもたらすビジネスチャンスは裾野が広い。例えば船上では大規模なシアターを活用した学会やセミナー、企業研修などが可能だ。伝統工芸品や着物、宝石の販売会の場に生かそうという企業も増えてきた。目下、食指を動かすのはセキュリティー会社やペットビジネス会社で、クルーズ旅行に出かける日本人客の留守宅の防犯やペットケアの需要を取り込もうと狙う。

 長く主婦をやっていたという保木さん自身、クルーズ旅行をしながら「グローバルなコミュニケーション力を磨くきっかけになった」という。クルーズ旅行には、究極のコト消費が詰まっている。