ある休日の朝8時過ぎに電話が鳴る。
だいたい朝早い時間の電話は緊急のことが多いから、
どきどきしながら応答すると、父の施設の夜勤の看護師さんからだった。
「今朝、7時半頃に様子を見に行ったら、ご自身で静脈下カテーテルの針を抜去していて・・」
血の気がすうっと引いたが、数日前からIVHの点滴のバックを指さして
「こんなもの意味がない。止めろ。」としつこく言っていたことが脳裏に浮かぶ。
そもそも、中心静脈カテーテルの針は鼠径部(おむつの中)に刺してあり、
針の根本にはプラスチックの器具があって、それは皮膚に糸で縫い付けられている。
簡単には外れないように。
そして、その上からは皮膚に密着するドレッシングテープで固定されていて、見た限りそんなに簡単に外せるようなものではないので「抜去リスク」については説明受けていたが、これならそんなに簡単に本人が抜去はできないな・・・と思っていたのだ。
看護師さんは、「もう少し早く様子を見に行っていたら防げたかもしれないのに申し訳ありません」と言うので、
「外したのは父の意思だと思うし、貴女の責任ではないから謝らないでください。それよりご心配おかけしてしまい申し訳ありません。」と話し、なるべく早く伺います、と電話を切った。
数か月は針が使えるといいな・・・と思っていた矢先、入居後約6週間で抜去し自然に使えなくなった。
それは、父の命の時間がぐんと短くなることを意味している。
おむつ交換等の際にスタッフの方々もその部分に細心の注意を払っていたのに・・・こんなに簡単に抜けてしまうなんてとショックは隠せない。
慌てて準備して施設に行くと施設長さんも「申し訳ない」というので、「本人の意思で抜いたから仕方ないし、看護師さんの責任ではありません」と話し、部屋に急ぐ。
部屋には夜勤が終わったのに、電話をくれた看護師さんがまだ居てくれてその時の様子を説明してくれた。
「太い静脈にささっていた針が抜ける時に出血とかはないものなのですか?」と聞くと、
今回幸い出血は全くなく、父が自分でおむつを外し、綺麗に針だけが抜けていたとのこと。
たしかに針の先にあるプラスチックのルート部分は皮膚に縫合されたまま、ドレッシングテープもそのままきちんと残っていた。
そんなに綺麗に針だけ抜けるものなの???
父は満足げに寝ていたが、目に見えない存在が介助して抜いたとしか思えないような状況だった。
中心静脈に刺さっていた針を抜く際に空気塞栓症になったりすることがあると後で知るし、本当に綺麗にすぽっと針が抜け、出血もなかったのは不幸中の幸いだと思うし、やはり父の無意識レベルで「静脈下カテーテルの栄養で延命はいや」という意思表示なのだろうと受け止めた。
その後、主治医から、入居時に示した「延命に関する方針」についての意思の変更等はありませんか?
と聞かれ、ありませんとお返事し、末梢点滴の針を抜去できなさそうな足に刺し、
「これでぐんとお父様の時間は当初より短くなると思われます。今すぐにどうこうという状況ではありませんが、一日一日を大切に過ごしてください」と言われて初めて実感がわき、少し涙ぐんだ。
そして、末梢血管の点滴の針を足の甲の内側に設置し点滴が始まった。
一日1100カロリー摂取していた静脈下カテーテルの状態から500カロリーの摂取のみとなる。
父はやや興奮気味で大きな声で独語演説をしているか、寝ているか。
夜中もほとんど寝ていないようで、眠りスキャンのデータではずっと深い眠りはない状態とのこと。
そのエネルギーはどこからきているんだろう?
まぁ父は元気そうだし、本人が抜去ということを選んだのだから私達はそれを受け入れるしかない。
そう思って、どきどきした一日は暮れていきました。