私の母は、
一歩外に出ると敵だらけだというような価値観で何かに負けじと歯を食いしばって生きてきたような人なので、まぁ意地はあるし頑固だし、とても心配性でもあります。

私の妹が、この春に社会人となりますが、関東に住む友達に会いに四国からバスで向かうという話を私と母でしていたら、見事に会話が成立しませんでした。

「高速バスで四国から関東だなんて!バスの事故とか、最近ニュースになったばかりなのに良く利用しようなんて思うよね。危ないよね。もし何かあったら、せっかく決まった就職も、それに向けた準備もぜんぶ台無しになっちゃうよね」

「あの大人しそうな妹が、1人で長距離をバスに乗って遊びに行くだなんて成長したよね~。いいなあ関東。」

母、妹のこと心配しすぎ。
しかもさ、私に同意を求めるように言ってくるのね。
もちろん華麗にスルー。

楽しんで欲しいな~
よりも
何かあったら大変!
の方がウエイト占めてるんだろな。母の中で。


結局はどんな手段で行こうとも、「この時期に軽率な行動をしてほしくない」という真意が読み取れてしまったので・・・

軽はずみな行動って、どんな行動だろう?と私も思ったりして。

事故にあうことや犯罪に巻き込まれること?
それってどんな確率なんだろうね。



私も本来はネガティブなんです。
母があんなんだから(笑)無理してポジティブになってるんです。
なのにネガティブ垂れ流しだからイライラするんです。



あー、心の声が聞こえてきました。


なんで私が我慢してるのに気づいてくれないの?


です。

寂しい、怖い、嫌だ!ってお母さんに言いたいけど言えないんだよ!嫌われたくないんだ!

です。



そういや弟が産まれる時に、身の回りのことを自分でできるように教えこまれたみたいで、そのあたりの記憶から思い込みの観念が作られているのかも。

お風呂の練習、トイレの練習など、すごくスムーズにクリアしたみたいよ。
本当は不安で、怖くて、たまらんかったんだと思う。
母が切迫早産で入院したとき、私は夜を父と過ごしたのだけど、寂しい寂しいと泣いて大変だったみたい。
それだけは覚えてる。

なぜ父には泣きながら訴えることができて、母にはできなかったんだろうね。
きっと、母も2回目の妊娠だけど切迫早産で不安で、せめて私は身の回りのことができるようになれば(母が)安心だからという思いだったのだろうと。
そんな母の必死さが伝わってきたので、不安などを言えなかったのかな。

ということにしようかな。


でも私がその立場なら、ほぼ旦那に世話してもらうと思う。
焦ったように習得させようとは思わないかな。

とはいえ、当時の親の環境と、今の私たち夫婦の環境は全く違うから、母はその時の最善を尽くしたのだろうね。
私もそれに応えたのだね。


1人でお風呂は入れるようになったのはいいけどさ、それはおいといて寂しい、とか、怖いよ、とか、言うだけ言ってみても良かったんでない?過去のわたしよ。