何かの気付きがあるかもしれないので、覚えてる限りで記憶を辿ってみます。
時々追記したりします。



私、1歳ごろ。
歩いたり走ったりの発達が早く、足の早い子になるかな、と言われる。
あんまりこの頃の記憶はない。
2歳になって弟ができた。
母が弟に授乳してるとき、生えかけの歯で噛まれたらしく、母が怒って弟を叩くところを目の前で見ていた。
弟は癇癪持ちで、よく喧嘩した。一緒に遊んでるつもりがいつの間にか弟の機嫌を損ねて怒らせ、髪を引っ張られたり腕に噛み付かれたりしてよく泣かされた。
私は弟から逃げるためにカーテンに隠れたり、1人で廊下の隅で絵本を読んだりしていた。
ある時、いつもの喧嘩で弟に突き飛ばされ、背中に怪我をした。
痛くて泣いてたら、父が弟を叱ってくれた。
お姉ちゃんに謝れ、と叱られて、弟はごめんなさいごめんなさい、と泣きながら謝る。
私は背中が痛くて悲しくて、何も言えずに泣いていたら、父が「いい加減に許してやれ。何回言わせるつもりだ」と逆に私を叱り出す。
なぜ痛い思いをさせられて、泣いているのに慰めてもらえず父に怒鳴られるのか分からなかったが、ヤケになって「もういいわ!」と弟に向かって叫んだ。
弟は小柄だけど態度はでかくて、おもちゃの刀を振り回して同い年の友達を追いかけ回していた。
犠牲になるのは大人しい子たちや年下ばかり。
私はお姉ちゃんなのに弟に見下されていたように思う。

父は整備士で、平日は隣県へ出張、土日は帰宅するという日程。帰ってくるときにはシュークリームなどの甘いものを買ってきてくれた。
少ししか食べれずに残したりすると、勿体ない!せっかく買ったのに!と軽く怒られた。
3~4歳ごろの記憶かな。
たまにしか帰らない父、というイメージはあまり私には無かったが(というか平日に出張しまくってた父、とうイメージが私にはない)、弟は父のことを人見知りしていたよう。
父が帰ってくると遠くからそうっと見たり、たまに腕に噛み付きに行ったり。んで怒られてた。

保育所も通ったが、運動会とプールで遊んだくらいの記憶しかない。
幼馴染みと違うクラスになり、心細くて毎日泣いてた。保育所に行きたくないと駄々をこねた。

そうこうしてるうちに5歳になった。
そのころ名古屋に住んでいたが、父方のじじばばから父に帰還命令。
島根の隠岐の島。
じじばばは漁師で、当時50代半ばの働き盛り。
隠岐の島の会社で面接の段取りをしたから、父に帰ってこいと言ったらしい。
私家族、青天の霹靂。
母は猛反対したが、結局はじじばばの言うとおりにして家族で隠岐の島へ引っ越すことに。
私も幼馴染みと離れることが寂しくて泣いた。

母は、この頃(私が0~5歳)の生活を思い返して「いちばん幸せだった」と語っている。
ちなみに母の実家は九州。