一年前に臨死体験した私。
この世界の仕組みを知った。
私たちは自分の意識を投影して
その世界に入り込んで生きている。
つまり、願いはもう叶っていた。
私たち人間は、
まだ手に入っていないものには、
すぐに気づくことができる。
もっと欲しいもの。
これからやってみたいこと。
まだ辿り着いていない場所。
けれど、
すでに手に入れたものは、
いつの間にか現実の背景になってしまう。
あんなにも欲しかった。
手に入ったときは、
あんなにも嬉しかった。
けれど、
毎日その景色の中で過ごすうちに、
それは特別なものではなく、
自分にとって当たり前のものになっていく。
どうしても欲しかったもの。
ずっと住んでみたかった場所。
いつか体験してみたかった暮らし。
それは、
今の自分にとっては、
もう普通の現実でも、
過去の自分から見たら、
羨ましくなるような景色かもしれない。
私たち人間は、
叶わなかった願いは覚えているけれど、
叶った願いは、
叶った瞬間から忘れてしまうことがある。
そして、
まだ叶っていないものを見て、
「自分の願いは、なかなか叶わない」
と思ってしまったりする。
けれど本当は、
叶っていないのではなく、
叶ったものが、
今の自分の現実に馴染みすぎて、
見えなくなっていただけなのかもしれない。
だから、
ときどき、
今の景色を見渡してみる。
今、自分の目の前にある現実の中で、
叶えてきたものはいくつあるのだろう。
手に入れてきたもの。
できるようになったこと。
出会うことができた人たち。
その景色の中には、
自分が望み叶えてきた現実がたくさんある。
だから、
自分が叶えてきたものを見つけて、
「自分は、ちゃんと願いを叶えてきたな」
と、その現実をもう一度受け取ってみる。
すると、
「自分は願いを叶えてきた」
という満足は、
「自分は願いを叶えられる」
という認識へと変わる。
そして、その認識が、
次に体験する現実へと投影されていくのである。