ミス・ワカナの生涯について辿ってみるが、その前に桂米左君がSPレコードからCDに入れ替えてくれた内容について少し触れておく。 

 はじめに漫才の林田十郎・芦廼家雁玉。私が知っている雁玉・十郎の名前は昭和24年9月からNHKラジオで始まった「上方演芸会」の司会者としてである。

 しかし知っていると言っても、私はまだ生まれておらず、演芸史の本で知ったぐらいで、漫才も司会の様子も聴いたことが無い。番組構成は秋田実。
 司会に二人が起用されたのはベテランであったためである。客の入った公開放送だった。

 二人が出て来て、冒頭の挨拶は、
「いらっしゃいませ」
「今晩は」
 ただ、これだけだった。実に簡素な挨拶で、これを聴いて客はどっと笑ったそうだ。この簡素な挨拶のことは知っていた。雁玉・十郎といえば、「いらっしゃいませ」「今晩は」だったのだ。このことは、三田純市氏の「昭和上方笑芸史」(學藝書林刊)に書かれてある。

 この雁玉・十郎の漫才をレコードによって初めて聴いた。やはり、冒頭は、
「いらっしゃいませ」
「今晩は」ではじまっている。
 演題は「運不運」というものだが、二人の漫才は落ち着いた雰囲気のするものだった。派手に笑いばかりを取りにいく漫才ではない。のんびりとしたやりとりで進んで行く。これは二人のニンにあった芸だったのだろう。

 この「上方演芸会」というラジオ番組は今なお続いている70年間にわたる長寿番組である。

 さて、次に落語の立花家花橘(たちばなや・かきつ)だが、この人の落語も私は聴いたことがなかった。昭和26年9月に68歳で亡くなったおられる。私が生まれのは昭和26年8月だから知るわけはない。
 しかし、この二代目立花家花橘の名は三代目桂春団治からも、五代目桂文枝からも聞いていた。
 ネタが豊富で、噺の組み立てがしっかりしていて、口跡もはっきりしていることから「稽古をつけてもらうなら花橘師匠」と、春団治も文枝も同じことを言っていた。いわば上方落語の教科書になるような芸だったそうだ。

 レコードの吹き込みも多く、売り上げは初代春団治に次いで2位だったようだ。
レコードのネタは「茶・栗・柿・麩」となっている。あまり見かけない演題だが、米左君と話して「商売根問」の奥の部分だろうということになった。

 もう一枚のほうは「垢角力」、さらに3枚目は「いかけ屋」で、これらはポピュラーな噺で今もかけられている。

 初代桂春団治のネタは「逆さま盗人」、
柳家金語楼の「金語楼の看護兵」、いずれも多く出回っている。

 まあ、こういったレコード群の中で「ミス・ワカナ 玉松一郎」の漫才音源は貴重なものと言わねばなるまい。

 中国大陸を一緒に慰問にまわった作家の長沖一先生によると、ミス・ワカナ 玉松一郎の漫才は、エンタツ・アチャコの漫才より鼻の差で一歩前にいたコンビだという。これは、上方漫才界の最高峰ということになる。次回は、ワカナ・一郎の波乱万丈の生涯を書いてみたい。




林田十郎・芦廼家雁玉


上方演芸会は今も放送されている。
右、柳家金語楼。左、水の江瀧子。NHKテレビの「ジェスチャー」は人気番組。