松下幸之助「道をひらく」という本の第1版は1967年5月となってます。
私が生まれる前から出版されている本が今も書店に並んでいるのは凄いことで、それだけ多くの人に影響を与えてきたということでしょう。
今回はこの本の一部を抜粋させていただきます。
困難にぶつかった時に読み返したい箇所。
自分は何度も読みました。
何の心配もなく、何の憂いもなく、何の恐れもないということになれば、この世は誠に安泰、きわめて結構なことであるが、実際はそうは問屋が卸さない。人生つねに何かの心配があり、憂いがあり、恐れがある。
しかし本当は、それらのいわば人生の脅威ともいうべきものを懸命にそしてひたすらに乗りきって、刻々と事なきを得てゆくというところに、人間としての大きな生きがいをおぼえ、人生の深い味わいを感じるということが大事なのである。(中略)
憂事に直面しても、これを恐れてはならない。しりごみしてはならない。”心配またよし”である。
心配や憂いは新しくものを考え出す一つの転機ではないか、そう思い直して、正々堂々とこれと取り組む。力をしぼる。知恵をしぼる。するとそこから必ず、思いもかけぬ新しいものが生み出されてくるのである。新しい道がひらけてくるのである。
まことに不思議なことだが、この不思議さがあればこそ、人の世の味わいは限りもなく深いといえよう。

私が生まれる前から出版されている本が今も書店に並んでいるのは凄いことで、それだけ多くの人に影響を与えてきたということでしょう。
今回はこの本の一部を抜粋させていただきます。
困難にぶつかった時に読み返したい箇所。
自分は何度も読みました。
何の心配もなく、何の憂いもなく、何の恐れもないということになれば、この世は誠に安泰、きわめて結構なことであるが、実際はそうは問屋が卸さない。人生つねに何かの心配があり、憂いがあり、恐れがある。
しかし本当は、それらのいわば人生の脅威ともいうべきものを懸命にそしてひたすらに乗りきって、刻々と事なきを得てゆくというところに、人間としての大きな生きがいをおぼえ、人生の深い味わいを感じるということが大事なのである。(中略)
憂事に直面しても、これを恐れてはならない。しりごみしてはならない。”心配またよし”である。
心配や憂いは新しくものを考え出す一つの転機ではないか、そう思い直して、正々堂々とこれと取り組む。力をしぼる。知恵をしぼる。するとそこから必ず、思いもかけぬ新しいものが生み出されてくるのである。新しい道がひらけてくるのである。
まことに不思議なことだが、この不思議さがあればこそ、人の世の味わいは限りもなく深いといえよう。
